第十二話 勇者誕生

「……はぁ」


 朧は何度目になるかわからないため息を吐き出しながら、冒険者ギルドへの道を進んでいた。なぜ冒険者ギルドへ向かうことになったのかは、数時間前に遡る。


 起床して、イグニスにご飯を作り、工房へと入る。そうすると、立ち上がったイグニスがおもむろに身分証を作るように言い出したのだ。


 理由はきちんとあった。

 それは、今後鉱石を取りに行く時、イグニスと共に朧も街を出る必要が出てくるからだ。

 さらに、冒険者として登録しておけば、採取や鉱石収集の依頼はもちろん、鉱石掘りに向かう山までの護衛などで稼げるのだ。一石二鳥だと笑ったイグニスも、Cランク冒険者である。

 ちなみに、イグニスがCランクの理由は、Bランクで維持費を払いたくないからだ。実力的には計り知れない。なにせ、年齢も三桁超えているのだから。


 拒否するも受け入れてもらえず、商人ギルドや薬師ギルドは入る必要もないと一蹴され今に至る。


「……はぁ」


 何度目かわからないため息を吐き出しながら、朧は冒険者ギルドへと足を進めた。


「すみません」

「はい。何かご用でしょうか」

「身分証を作りたいのですが」


 混み合っている受付の一つにならび、やっと回ってきた順番。

 ギルドの制服は統一されているので、アルフォンシーノの街のギルドと同じ制服だ。


「職業適性検査はおすみですか?」

「いえ……できれば一緒にお願いします」


 ウィンディルの王都、アクアリウスには領はなく、アクアリウスは王族が管理している一つの大きな街だ。王城に毎回一般人を入れるわけにはいかないため、王都のみギルドでの職業適性検査が可能となっている。


 検査に必要な項目が書かれた紙を渡された朧は、名前や出身地、年齢などをローマ字で書き込んでいく。

 紫音と違い、朧は勉強が得意だ。

 大好きなゲームを買ってもらうため、毎日二時間勉強するという親との約束を律儀に守ってきた賜物である。そのおかげで、書物が英語だったにも関わらず、ほぼ苦労なく読むことができていた。


「はい、問題ないですね。では、準備ができたら呼びますのでお待ちください」

「……はい」


 あまり気乗りしないまま、ギルドの中をぐるりと見渡してみる。壁に貼ってあるコルクボードには依頼がたくさん貼られていて、それは家の掃除から魔物討伐まで実に様々だ。

 ギルドに出入りする人は大柄な人たちだけでなく、華奢な女性や男性も普通にいて、細い朧もさして浮いてはいない。服を買い替えているところも大きいのだろう。


「朧さん」

「はい」


 ぼんやりとしていればすぐに呼ばれて、職業適性検査がまだ時間がかかるらしく、先に能力と魔法属性の検査になった。

 目の前に置かれたクリスタル。

 イグニスから説明されていたため、特に驚くことなく綺麗なそれを見つめる。


「では早速、左から順番に魔力を流し込んでいただけますか?」

「わかり、ました」


 朧は少しだけ、緊張した。

 魔力の使い方はイグニスに習っていたし、使った時に体がほんのりと暖かくなる感覚もすでに知っている。それでも、はっきりと目にしたわけではない。

 それが今、これからの検査でわかるのだ。


 小さいクリスタル四つと、大きいクリスタルの順にゆっくり魔力を流し込んでいく。ひんやりと冷たいクリスタルの温度が、朧の頭を冷やしていく。

 こわばっていた体の力も徐々に抜け、最初のクリスタルが色を宿す頃には、きちんと色がついたことが確認できたこともありすっかり落ち着いていた。


「能力は、緑、赤、緑、赤。まぁ! 素晴らしい結果ですね」


 力、体力、魔力、魔力耐性の結果。平均が青という中で、全て緑以降というかなりの高評価だった。

 わずかに感じた胸の高鳴り。

 ドキドキ、そしてワクワク、それに似た高揚感に包まれた朧は、最後のクリスタルの色も確認する。

 三色の色が移り変わっているそのクリスタルの色は、青と茶色、そして透明の時があった。


「水、土、そして無属性ですね。一番適性が高いのは、土属性のようです」


 水と土。この二つの属性があるということは、もしかしたら木属性も使えるかもしれないと朧は考える。

 この世界では、三属性扱えるものも普通にいるので、初期能力が高い以外は特殊な点は見当たらない。だがそれでも、普通に戦える力がありそうなことに、少しだけ希望が見えたと朧はわずかに期待を膨らませる。


「職業適性検査の順番になりましたので、このまま行きましょうか」


 先ほどと変わらない、同じような部屋。

 何もない、十畳の部屋に机と椅子がある。机の上にはクリスタルが置かれていて、朧は目の前の椅子に腰をかけた。


 特殊な力がなくとも、平凡よりちょっと強い能力でも、それで満足だった。

 これで、冒険者や魔術師であればちょっと冒険してみてもいいかもしれないなんて。甘いことを考えていたからなのだろうか。

 

 クリスタルに手を置いて、さっきと同じように魔力を込めた。指先のひんやりとした感覚と、体の内側からくる暖かい感覚を感じながら、朧はクリスタルが色づいていく様を眺める。

 ドキドキと、期待に満ちた視線。

 しかしそれはすぐに、絶望に見開かれることとなる。


――金はありえねぇが教えとくか、これは


「ゆ、う……しゃ」


 蘇るイグニスの言葉。

 クリスタルは金色の輝きを帯びていて、痛いくらいに朧の目を刺激してくる。黄色ではない、これは金色なのだと、黄色なんてないことはわかっているのに、逃げることすら許されないくらいの眩い金。

 目の奥が痛くなり、その痛みを和らげるようにぼやけてくる視界。思いの外冷静な思考は、意味があったじゃないか。と朧の脳内で囁く。


(逃げられない運命なんて、いらないのに)


 弱虫が故の思考なのかもしれない、それでも。

 勝手に連れてこられて、特殊能力も馬鹿高い能力も何もないのに、そんなものだけくれなくてよかったのに。と思ってしまうのは仕方ないだろう。

 検査をしてくれた女性が、慌てて部屋を出ていく足音をぼんやりと聞きながら、朧はただ、力なく椅子に座っていた。

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