第六話 今後の予定
「あんたが聖女?!」
快く宿泊を了承してくれたマーリンにお礼を言って、今は晩御飯を二人で食べている。
ちなみに、洗濯物や料理の手伝いをすることを条件に、今回はタダで泊めてもらうことになっている。いつか必ずお礼をすると言った紫音に、マーリンが期待してると笑ったのはつい先刻のことだ。
そんなマーリンがあげた声に、紫音は笑うことしかできなかった。
「後ろで控えてるタイプには見えないけどね」
「私もそう思う」
木刀を携えていて、所々擦り切れている服に身を包んだ紫音は、見かけだけでも活発な印象を受ける。
さらに、マーリンがゴロツキに襲われていたときには割って入るような性格だ。すんなりと一人を倒しているところを見ているマーリンからしたら、本当に予想外な職業だったのだろう。
「それにしても、聖女様か」
「聖女って、どんな職業なの?」
夕飯も食べ終わり、お茶を飲みながら向かいあう。
ぼんやりと呟いたマーリンに疑問をぶつければ、そんなに詳しくは知らないんだけど。と前置きの上で答えてくれた。
「魔物ってのがいるって教えたと思うけど、それが街にいないのは不思議だと思わないかい?」
「確かに……きっと飛べるのもいるんでしょ?」
「もちろん」
鳥の魔物や、虫の魔物も存在するため、当然空を自由に行き来できる魔物はいる。とマーリンは言う。しかし、その魔物が街に入ってきて、街の中の人を襲うことはない。
「それは、聖女様が各街に聖なる壁ってのを張ってくれているからなんだよ。もちろん、このアルフォンシーノにもね」
聖なる壁。それは、聖女のみ使うことができる光魔法だとマーリンは説明した。具体的な使用方法も、どのようにして各街にそれを張っているのかも不明だが、おそらくそれが仕事なのではないかと紫音に語った。
「旅、出来るのかな」
「そういや、冒険者志望だったっけ?」
「ん、一応ね」
「いろんな場所、見れるといいね」
「……うん」
たった二日。それでも親身になって話を聞いてくれて、背中を押してくれたマーリン。
冷めてしまったお茶の入ったコップを握りしめて、紫音は深く、深く息を吐いた。
何も知らないはずなのに、知らず紫音の背中を押してくれるマーリン。まだ言う勇気はないけれど、いつか必ず自分のことを話そうと紫音は決意する。
「それじゃ、明日も早いだろうしそろそろ寝ようかね」
「ありがとね、マーリン」
「家に人がいるってのはいいもんだね。紫音」
返ってきたウィンク。紫音は一瞬言葉を詰まらせたあと、しっかりと頷いた。
「この街を出るまでは、よろしくね」
「任せときな」
――――――
「お待ちしておりました、紫音様」
大きな門をくぐり、昨日ぶりのオーランドの屋敷へと入る。
昨日と違うのは、職業適性を調べる者専用の入り口ではなく、領主本邸の入り口から入っていること。
茶色を基調としたシックなメイド服を見にまとった女性が、紫音を部屋へと案内する。
「こちらでお待ちください」
案内された部屋には、二人がけのソファが二つ。低い茶色の机を挟むように向かい合っている。緑色のソファは金色の装飾がされていて、高級な感がありつつも派手すぎず、落ち着いた雰囲気を醸し出していた。
「よお」
「おはよ、フェルナン」
先に来ていたフェルナンが、ソファに深く腰をかけた状態で紫音に声をかけた。
これから一緒に旅をする二人。紫音は少しだけ悩んでから、フェルナンの隣に向かう。少し端にずれてくれたフェルナンにお礼を述べて座れば、目の前には入れたての紅茶が置かれる。
「待たせてすまない」
フェルナンと話したり、紅茶を飲んだりしてゆったりと過ごすこと十分。小さく頭を下げて、オーランドが部屋に入ってくると紫音たちの向かい側の椅子に座った。
一息つくためにメイドに差し出された紅茶を飲んで、まっすぐに二人を見つめる。
「早速、測定結果を教えてもらおうか。紫音」
即本題に入ったオーランド。
紫音は昨日もらったばかりのターミナルを取り出して、検査結果の画面を開くとオーランドに渡す。画面に視線を落としたオーランドは、その内容に目を見開いた。
「高めに言ったつもりだったのだが」
苦笑して、今度はターミナルをフェルナンへと渡す。受け取ったフェルナンも同じように驚いた顔をして、画面と紫音の顔を見比べている。
「普通なら、初回で緑がでりゃ期待の星。全て白という奴らもいる中で、赤以上は驚異的だろうな。この能力値で言えば、今の俺と大差ない」
「そんなにすごかったんだ」
「まさかこれほどまでのポテンシャルを秘めているとは、
私も気づかなかったよ」
諦めたように笑ったオーランドは、フェルナンが紫音にターミナルを返したタイミングで、これからの予定について口を開いた。
「あの森、アビスの森を渡る前に、まずは紫音に自分の身は自分で守れるようになってもらう必要がある」
アビスの森は、様々な魔物が生息する森。
強い魔物はそんなに出ないが、群れをなす種類の魔物が多く生息している。そのため、実力の高いものでないと殲滅が間に合わず、殺されてしまうのだ。
森を抜けるだけでも十日ほどかかる。
フェルナンは一人で抜けたこともあるため問題はないが、紫音を守りながらとなるとそれは厳しい。
戦えるようになれとまでは言わないが、せめて自身を守れるようになってからでないと出発はさせられないとオーランドは言う。
「森を迂回していくルートでは、特殊な馬車を使っても二ヶ月程度かかる。一ヶ月くらい訓練に費やしても問題ないだろう?」
「……」
「焦って、死んでしまっては元も子もない」
オーランドの声が、低く、重く響いた。
ここは紫音がいた世界とは全く別の世界なのだ。魔物という動物以上の殺傷能力を持ち、凶暴な生き物が普通に外を闊歩している世界。
戦うすべをほとんど持たない一般人などは、護衛をつけないと隣の街にもいくことができないような。そんな場所。
「そう、ですね」
膝の上に乗せていた両手を、グッと握りしめた。
今こうしている間にも、元の世界ではどのような扱いになっているかわからない。
本当なら今すぐにでも飛んで帰りたいと思うが、できない今、生き抜きながら帰り方を地道に探すしかない。
――それに
紫音は顔を上げて、オーランドとフェルナンの二人を順に見つめた。目の前の二人も、ここにはいないマーリンも、出会ってから短いながらも自分を心配してくれる一人。
無理をして、無用な不安を与えることもしたくなかった。
「金ももらってるしな、しっかり俺が鍛えてやる」
ぽんっと左肩にかかった重み。視線を向ければ、フェルナンが穏やかな笑みをたたえている。
「それに俺も、無属性だからな」
鍛えてくれる人はフェルナンだったようで、紫音は安心したように頷いた。
「順番に教えてく。ちゃんとついてこいよ」
「もちろん」
順序として、各能力値の上げ方と魔法の基礎から学ぶことになった。
魔法の基礎を理解し、ある程度使えるようになったら魔法を使ってフェルナンと実践をしたり、ランクにあった依頼をこなしていく。訓練と同時に冒険者ランクもあげる予定だ。
「今の能力値だったらDランクまではすぐに上げられるが、ランクアップは王都についてからでもいいだろ」
訓練の拠点はアビスの森近くだ。といったフェルナンに、オーランドは苦笑しながら頷いた。
先を急ぎたい紫音の希望を、できる限り叶えられるようにと出した二人の答え。アビスの森付近にある村を拠点に移すことで、フェルナンから合格をもらえばすぐにでも王都に向かえるようにしたのだ。
「物資の支給に関しては私が手配する。迂回していくより安上がりだから、まあ……そこはありがたい」
「オーランドさん……」
「頑張りなさい」
少しシワのある目尻。優しく弓なりになった瞳にお礼を告げて、フェルナンと紫音は席を立った。
「それじゃあ、行ってきます」
「ああ、気をつけて」
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