第五話 再会
一階へ向かう階段を下りる。オーランドの言っていた森を安全に抜けられる条件。全て金色以上の結果には届かなかったと、小さくため息を吐き出す。
トントンと軽い音を立てながら階段を下りて、先ほど目に入ったコルクボードへと近づく。
二つのボードの上の方に書いてあったアルファベットは、D・E・FとA・B・C。あとで意味を確認すればいいかと、貼ってある用紙を覗き込んでみた。
「……英語、読めない」
ローマ字くらいはかける。こんにちはくらいなら言える。
その程度の英語力だった紫音は、全て英語で書かれた目の前の用紙の内容を確認することができなかった。
そういえば、マーリンの持っていた端末の職業欄も全て英語だったなと思い出す。
もっと増えた覚えなければいけないことに頭を悩ませながら、並んでいる木の椅子に腰掛けた。
「紫音さん」
「はい」
待つこと十数分。呼ばれた名前に立ち上がる。
下手に様付けしたら怪しまれるとのことで、ギルドでは普通に読んでもらうことになっている。
近づいていけば渡されたターミナル。スマートフォンに似たそれは、現在画面が真っ暗だ。
「魔力を流していただければ利用者登録が完了します。そうすれば、紫音さん以外は使えなくなりますのでご安心ください」
言われた通りに魔力を流し込めば、電源が入ったように光が灯り、紫音の名前や職業が表示される。
――Job:Angel
表示された内容に、吹き出しそうになった。職業が天使とはどういうことかと、自分に似合わなすぎるその一文を紫音は凝視する。
当たり前だが、その一文が変わることはない。
英語に訳すとそうなのかもしれないなとひとまず自分を落ち着かせて、書いてある他の内容を確認していく。
――Rank:F
「この、ランクというのは……」
「はい。これは冒険者ランクになります」
担当してくれた受付嬢は、冒険者ギルドについて詳しく説明をしてくれた。
まずはランク。
下から、F~A、S、SSランクまであり、SやSSは国家から認められたものしかなることはできない。
決められた種類の依頼をこなせばランクアップ申請が可能になり、Cランク以上からは実技試験がプラスされる。
A、Sランクにはさらに筆記試験も追加され、Sランクは国からの指名依頼が入る場合があるため、ある程度の作法も覚える必要が出てくる。
SSランクは、歴史に残る活躍をしたものに与えられる称号のようなもので、現在はゼロとのことだった。
「ギルドの運営費として、依頼達成時の報酬金から二割引かせていただきますので、あらかじめご了承ください。また、通常であれば登録料で金貨一枚必要ですが、今回はオーランド様より預かっておりますので不要でございます」
さらっと金貨を払ってくれているオーランドに、紫音は深く感謝した。なぜなら未だに無一文だからだ。
「依頼に関しましては、現在のランクの一つ上まで受けることが可能です。失敗した時は罰金がかかりますので、ご注意くださいね」
「わかりました」
依頼はコルクボードに貼られていて、上に書いてあるアルファベットがランクを示しているとのことだった。
どのギルドでも同じような方式なので、覚えておくようにと言われ、紫音はしっかりと頷く。
「なお、Bランク以上に上がった場合には、追加で年に一度ランクを維持するためにお金を収める必要があります。詳しくはランクが上がった際に説明されますので、その時にご確認ください」
そのほかにも、ターミナル端末でできることを色々と教えてもらった。
<ターミナル機能>
世界地図の確認
名前、ギルドランク、測定値、職業の確認
依頼期限の表示
依頼未達成時には、罰金額とアラート表示
Bランク以上の場合、ランク維持金の支払いの有無
メッセージ機能
ギルド規則の確認
「メッセージがやりとりできるんですか?」
「はい。ギルド内のみでしたら可能です」
冒険者ギルド内に張り巡らせている特殊な魔力により、ギルド内でなら指定した人物へのメッセージを預かることが可能なのだ。ギルド以外の場所では利用できないが、冒険者ギルド内であればどこのギルドでもメッセージを預けたり、受け取ったりすることができるとのことだった。
「メッセージがある場合には画面に通知が来ますので、そこに触れてみてください」
「わかりました」
「それでは、説明は以上となります。ターミナルの規則からも確認ができますので、お暇な時にでもご覧ください」
丁寧に礼をしてくれた受付嬢にお礼を言ってから、木の椅子に腰を下ろして、教えてもらった規則のページを開いてみる。予想通り、見事に全文が英語になっていて読めそうもない。
「おい」
トントンとターミナル画面のいろんなところを触っていれば、不意にかかった影と聞こえてきた低い声。顔をあげれば、そこには黒い犬が立っていた。
「あ」
「俺は狼だからな」
まだ根に持っていたらしい。光沢のある綺麗な黒い毛を身にまとった狼が、ふんっと鼻を鳴らしてから紫音の隣に座る。
「あの時は、ありがとう」
「別にいい。気を失っていたが、もう平気か?」
紫音を見つめる切れ長の瞳が細められた。
人とは違う顔だが、それでもひどく整ったその顔。確実に狼の中ではイケメンの分類に入るだろう。
心配そうに揺らぐ瞳を見て、紫音の口が緩む。
「ん。ここに来てくれたってことは……」
「ああ、受けてやるよ。あんたの依頼」
ニッと白く立派な犬歯を見せて笑った狼に、紫音は手を差し出す。
「私は紫音。よろしくね」
「フェルナン。フェルナン・ブラッディーウルフだ」
握り返してくれた手のひら。肉球と滑らかな毛が触れて、その気持ち良さに紫音は目を細める。
「黒い、狼?」
「獣人族は種族名が姓になる。狼だったろ?」
「そんなに気にしてたの?」
「……」
気を失う直前に聞こえてきたツッコミを思い出す。予想した通り、フェルナンはとても話しやすかった。会話の内容にクスクスと肩を震わせて笑えば、フェルナンは気まずそうに頬を掻く。
それから少しだけ会話をした。
フェルナンは現在二十二歳で、Cランクの冒険者だ。
Cランクといっても、Bランクへのランクアップ試験を受けられるレベルがあり、ケトゥスとアクアリウスを隔てる森を抜ける実力は十分にある。
「あんたの測定結果も確認してから予定を決めるそうだ。明日はとりあえずオーランドさんの家に集合でいいか?」
「ん、わかった」
立ち上がったフェルナンに紫音も続く。
「そういえば……フェルナン、さんはどこに泊まってるの?」
「……フェルナンでいい。むず痒い」
首筋に手を当てて、照れ臭そうにギルドの壁を眺めたフェルナン。手が当たったところの毛だけ沈んで、その長さと柔らかさが傍目にもよくわかる。
「じゃあ私も紫音で、ね」
「……宿は、ギルドから少し歩いたところに泊まってる」
一瞬だけ視線を合わせたあと、気まずそうに前を向いてギルドを出て行くフェルナンの後ろを歩く。スタスタと進む背中を追い越した紫音は、フェルナンを通せんぼするように前に立った。
「フェルナン」
「……わかった」
諦めたように吐き出されたため息。
これからしばらく一緒に旅をするのだ。逃げられないと思ったのだろう。
「それで、その……紫音はどこに泊まるんだ」
「今一文無しだから、マーリンのところに行ってみる予定」
酷く溜めてから呼ばれた名前。それでも満足したのか、紫音はにっこりと笑ってから聞かれた内容に答えた。
「一文無し?」
「その理由は、今度教えるね」
「? わかった」
困ったように笑う紫音に不思議そうな顔をしたものの、フェルナンは特に突っ込むことはせずに頷いた。
「それじゃ、また明日」
「ああ」
次を約束する言葉。
迷うことなく頷いてくれたフェルナンに手を振って、紫音はマーリンの家へと向かうのだった。
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