7 おんせん

「セルリアンの体内に自分から入るなんて、バカなのかお前は!」


みんなでゆったりとおんせんに浸かっていると、向こう側で何やら揉めているようだった。

湯気で何となくしか見えないが、誰がどうしているかは見なくてもわかる。

ヒグマとホッキョクグマがヘラジカに説教という構図。

我関せずと、ぷかぷかと湯船に浮かぶ柚子の実を突く。


そう、柚子。

カピバラ曰く、『ゆず湯』と言うらしい。初めて聞いた時は、何故わざわざ果物を、と思ったが。

なるほど、とても香りが良いものだった。

なんでも浸かった時の体への影響も良いのだとか。

ボクの身体の色にも似てて、なんだか好きだった。


「はっはっは!かばんが出来るのなら負けてられんと思ったが、存外苦しいものだったぞ!」


まったく胸を張る要素の無い言葉でも、堂々と言い放つヘラジカ。


「当たり前だ!セルリアンはフレンズのサンドスターを吸収する!散々浪費していたお前が先に食われてしまっていても不思議じゃなかった!」


「おお、そうだお前、ホッキョクグマと言うそうだな?ヒグマに引けを取らぬ豪腕、恐れ入ったぞ!お陰で助かった。今度闘ってみないか?」


暖簾に腕押し、と言う言葉を博士から聞いた事がある。

ひらひらしたものに力を込めたところで意味が無い。つまりは今のヘラジカのような事を言うらしい。


「…おい、アイツはいつもこんなんなのか」


説教を諦めたホッキョクグマが戻ってくる。

聞かれたヤマアラシの返答は。


「だからこそいいんですよ」


「部下も部下か」


どうにも期待するものではなかったらしく、再度溜息で返されていた。


押し問答が一先ずの決着を見せると、後ろからはキンシコウ。

浸かっていた体を上げ、おずおずと聞くはヤマアラシ。


「あっ、あのキンシコウさん、あの子は…」


「今はギンギツネの所。部屋で一緒に看病してましたよ」


あの子。

恐らく、ユキウサギの事だろう。


これまでに起こった事は、騒動が収まってからホッキョクグマから聞いた。

聞くや否や急いでギンギツネが手当ての準備をし、ボクはおんせんの用意をして今に至る。


聞けば、足が竦んで動けなかったユキウサギを護ろうと、友人のヤブノウサギが身を呈し、そのままセルリアンに飲み込まれたという。

ヤマアラシが唇を噛んだのが見えた。

どうにも会話に混ざりにくく、口を湯に浸けブクブクと泡を立てた。

ボクの周りで様々な言葉が交わされる。


「あれ、博士達は?」


「調査ですって。サンドスター・ロウがどうだとか」


「ツチノコもいないな」


「スカイフィッシュ…でしたっけ。あの子とお話しようと頑張ってましたよ」


「そうだ、あのフレンズ、一体何者なんだ?飛行速度が普通じゃない。だからこそ助かったが」


「たぶん、UMA…と呼ばれるフレンズだと思う。伝説というか、言い伝えというか、ヒトも見つけられていない不思議な動物なんだとか…」


UMA。

ハシビロコウの発した言葉に、みな聞き慣れない言葉だ、という反応であったが、何となくその存在はイメージ出来る。

というか、たぶんボク、UMAには会った事あるし。



・ー・ー・ー・ー・ー・



「情報をまとめるのです」


博士と共に周辺を調査し回り、戻ってきた頃にはみな風呂からあがってしばらく経った後であった。

その間、ヤブノウサギとホッキョクウサギも回復したようで、今は…何故かヤマアラシに懐いている様子であった。

困惑するヤマアラシの胡座の上にはヤブノウサギ、両側を他二人が囲んでいる。


戦闘組も大事無く此方を見据えている。


ツチノコはほとほと疲れたという様子。

察するに、宙に浮く彼女のせいだろう。


「今回のセルリアンの襲撃は、以前のものとよく似ていたのです。ただし、火山からはサンドスター・ロウの放出は認められませんでした」


そこから博士の出した仮説は、火山口こそフィルターなるもので塞いでいるが、必ずしも全てを防ぎきれるものではない、という事。

地下に穴があれば、そこからサンドスター・ロウが溢れても不思議でない、ということだ。


特に、ゆきやまちほーでは、と博士は付け足した。


「不必要に怯えさせるようであまり言いたくは無いのですが…おんせんの湧くこのちほーは、その影響を多く受けかねないのです」


騒つく一団。

ここに暮らすフレンズであれば無理もない。


「そのおんせんをつかう事は出来ないですか」


静まる一団。

声を発したのは、ヤマアラシ。


「どう言うことだ、ヤマアラシ」


ヘラジカが身を乗り出して聞く。

いつもの彼女の、恐る恐るという雰囲気は、今は微塵も感じられない。

きっと、自分の中で色々と闘った結果なのだと思った。


「『おほり』を、作るですよ」


博士を見遣る。

微笑みが返ってきた。


・ー・ー・ー・ー・ー・


「うーん…!こんなものかなー」


拙者の横で大きく伸びをするライオン。


へいげんの設備は、極めて順調。

元々城内にさまざまな小道具、大道具があり、わざわざ他のちほーへ移動をしなくてよいのが助かった。


何よりも、みずべちほーの二人、オグロプレーリードッグとアメリカビーバーの活躍に依るところが大きい。

拙者たちが悩む暇も無く、次々と舞台や小物などが生まれてくるので驚いた。


拙者が提案し、ビーバーが考え、プレーリーが動く。

運ぶはライオンとニホンツキノワグマ。


気付けば、三日間で予定していた工程が一日目でほとんど終了していた。


一段落付き落ち着いていた所に、徐々に集まりだす他のメンバー。


オオアルマジロとシロサイは、『鐘』の代わりを見つけ出したようで上機嫌そうにそれを運んできた。


後ろを歩くタイリクオオカミ、アミメキリン、ニホンカワウソ、アリツカゲラの四人も協力してくれたそうだ。

まだまだメンバーは増えるだろうと、嬉しい報せも運んで来てくれた。


ハクトウワシは単独で戻ってきた。

トキたちの勧誘は成功したようで、みずべちほー組と合流してから向かってくるらしい。

少し休めばいいものを、さばんなやじゃんぐるちほーへの呼びかけに行くだとかで、すぐに飛び立っていった。


日もくれる頃。

ツチノコとスカイフィッシュと呼ばれるフレンズが到着した。

ゆきやまちほーではセルリアンの襲撃があり、予定より遅れる、との事だった。

ヘラジカ様たちの健闘に、誰も大事には至らなかった事でホッとしたが、もしも自分が出会っていたらと考えると、正直気の抜けない思いであった。

ヤマアラシとハシビロコウは本当に頑張ったのだろう。


報せと共にツチノコが配ったのは、『手紙』。

各ちほーの風景などが写っている裏面に、渡したい人の名前を書くのだという。

文字など書けないと皆が言うと、文字である必要も無い、なんとなくわかればいいのさ、必要ならオレが教える、とツチノコはスカイフィッシュを見ながら言うのであった。


夜も更け、昼行性のフレンズを中心に城内での寝床を探し始める。

別にその辺で寝てしまっても構わないのだが、存外城内の居心地が皆気に入ったらしいのと、セルリアンの話があるから、なるべく寄り添っていたいと言うのが本音であったようだ。


まずは、一夜が終わる。

新年は、すぐそこだ。

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