第4話 「好き」に、逃げない、意地がある。


陸上競技が好きだ。

自分との戦いだから。


他人に、ごめんなさい、と、言わなくていいから。


毎日、昨日の自分に打ち勝つことができるから。


他人の目を気にせずに、自分の力を出せるから。


今日、昨日の自分に負けたとしても、

明日、今日の自分に勝てばいいだけだから。


気を遣って、気を遣って、気を遣って、気を遣って

気を遣って、みんなに合わせる。

合わせることがチームプレイ。


それにはおそらく耐えられないので、

1人でできる陸上を選んだ。

ひとりでできるから選んだ陸上で、

1人であることを改めて実感し、

1人であることが寂しいと思ってしまったら、

私は何をしているんだろう?


例えばいつも正々堂々としていて、

公明正大で、みんなに優しくて、

先輩に意見ができて、

同輩のリーダー格で、

後輩からは慕われて、

おまけに、200メートル走れば、

府でベストスリーに入る足を持った

ほとんどの人から好かれている

先輩がいたとしよう。


私はその人のことが、当然好きじゃない。

何一つ、勝てるものがないから。

その心を持つことだけを、絶対に禁じていたので、

彼女に嫉妬だけはしなかったけれど、

彼女の目を見て

まともに喋れたこともなかったほど

彼女を意識してはいたのだ。


ただの、陽気なスポーツ馬鹿じゃんと、

思えれば良かったんだけれど、

彼女学業のほうも、学年でトップを争う成績だった。


でもね、

それでもよかった。

私には、詩がある。

私には、詩がある。

私には、詩がある。

そんな熱病のような妄想力で、

私は何とか立っていられたのだ。


あの日まで。


私が、私以外の詩人の詩を読んで、

涙を流してベッドで

のたうち回ったことがあった。

こんな詩が書きたい、こんな詩が書きたい、

こんな詩さえ書ければ、

私は先輩と対等に話をすることができる。

そして打ちのめされた私は、

それからしばらく一編の詩も

書けなくなってしまった。


クラブ活動に、専念した。

毎日狂ったように走り、

最後はいつも倒れ込んで

立てなくなるような日が続いた。


その日はなぜか、

その先輩が最後まで走る私を待って、

大丈夫?と声をかけてきてくれた。

私はお礼を言って、

自分で立てますからと、顔を背けた。

先輩は少し寂しそうな顔をしていたが、

私と並んで歩き、部室まで付き合ってくれた。

他の部員はみんな帰っていたので、

二人っきりになり、

私はとても気まずい空気も中にいた。

すると先輩が、スマホを取り出し、

ある文章を、私に見せてくれた。


あッ!

驚きに、声を上げた。


ちょっと読んでみて。


先輩は恥ずかしそうに私にスマホを手渡した。

ひと目見ただけでわかっていた。

私が、書きたくて書きたくてたまらなかった、

私を絶望の海に叩き落とした

詩がそこにあった。


どうして?


言葉の意味を取り違えたのだろう、先輩は


あなたが文章に詳しいって聞いて、

いちど見てもらいたくて。


ええ、読みましたけど?


どう、思う?


(私が、どれほどその詩に思い入れを持っているかなど、話す必要などないだろう。)


ええ、いいと思いますよ。感情揺さ振られますよね。


そう?ありがとう。


照れるようにうつむく先輩。

どうしてこの人が、お礼を言うのだろう?

まさかこの詩を、自分の詩だと

言うつもりじゃないだろう?

そういう嘘をつく人だとは、思いたくないけれど。


これ、つばさ先輩が作ったんですか?


そう、ちょっと恥ずかしいんだけど。


(ああ、幻滅幻滅…)


(まさかこんな嘘をつく人だったとは。)


でね、


(まだ続けるの?)


この、『私のすみれ』ってあるでしょ?

…………これ、あなたのこと………


えッ?


それは、主人公の女の子が、

すみれと言う女の子に抱いている、

透明な水晶のような

無垢で純粋な恋心を歌い上げた

告白のうただったのだ。


そして、確かに私の名前は、すみれ子と言うのだ。

それが、この詩が私にとって

特別な物語になった、理由の1つでもあるのだが。


えー、本当ですか?これ、本当に先輩か?


私は留めていた愛情が、

堰を切って流れ出すのを呆然と

他人事のように感じ、

先輩に、おそらく彼女が聞いてもほとんど

訳のわからないことを訴えかけていた。

私がどれほどまでにこの詩を好きか、

私がどれほどまでにこの詩を書きたかったのか、

私がこの詩を読んだあと、

そのあと一編の詩作さえ

できなくなってしまったこと。

それだから、私はこんな表現を

ほんとうにしてしまっていいと思うの、


《滂沱あふるる涙を、

先輩の前で流し続けていた。》


なにひとつ、本当に何一つ、

なくても、この、詩を書くことに関してだけは、

あなたに勝てると思っていたのに、

唯一あなたに勝てると思っていたのに、

あなたはそれさえ許さず、あなたは私を

私を殺そうとしているのですか?


『翼』

何を言ってるのか、わからない。

私にこの詩を書かせたのは、あなただって

知ってる?

あなた、《翼》さんでしょう?


『すみれ子』

なんで?

《翼》は、先輩の名前じゃないですか?

(バレてる?)

(すこし、ドキドキする………)


『翼』

笑っちゃうくらい

あなた自身のこと書いてるよね?

あの詩たち。

《翼》って名前で

投稿している

あなたの詩を読ませてもらって、

私は、あなたのような詩を書きたいと

思ってしまったの。

でも、あのペンネーム、

あなた、私を好きだったりする?

ウソよ、ジョーダン、ジョーダン、

あなたの詩を読んでわかったのは、

まやかしではない、

本当の心を文字にするべきだ、ということ。

だから私は、私の1番純粋で無垢な

だからこそ最早持て余してしまっている

すみれ子さん、あなたへのこの想いを

詩にしたの。

私はこの詩をあなたに読んでもらって

私のこと、好きになってほしかったの。


『すみれ子』

(ホントウに?)

嘘ばっかり。

私の詩の真似して、

あんな詩が書けるわけないでしょう?


『翼』

本当よ、でも、嘘っていうなら、

賭けましょうか?


私が勝ったら、あなたは私を、好きになること。

いーい?


『すみれ子』

だめ〜ッ!

逆、逆、逆なの、私なの。

私が勝って、先輩に、私を、

好きになってもらうの!


『翼』『すみれ子』

でも、それって、

(でも、それって、)

相思相愛じゃないの?

二人して、

「自分のことを好きになってもらうんだ」

とか?

なに、それ?


………まるで世界の果てにいるみたい


寒い恋人ふたりのような………


………バカップルふたりきり


ほかには誰もいない。













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