第63話 花冠の愛しい人

「まっ、可愛い。黄色い蝶々たち……」


 伊勢が、花を摘んでいると綺麗な蝶が飛んでくる。

 蝶は、ふわふわと近寄って、スーッと羽を広げ、手に持つ花に止まる。


「ふふぅ。この花でかんむりを造ったのよ。これをこうやって頭に乗せると……ねっ。綺麗でしょ」


 蝶に話しかけるも、蝶たちは、ふわふわと何処かへ飛んでいってしまう。



 そこへ誰かが名前を呼んでいるのが聞こえてくる。


「伊勢〜」


 振り向くと、たてがみを風になびかせながら駆けてくる馬がみえる。陽に照らされ風になびく黄金色のたてがみ……あれはせん?


 これは、きっと幻だわ……。

 謙信様は、もうこの世にいないのに……。




 馬は、愛しい人を乗せて目の前で止まる。


「うそっ……」


 目を白黒させている伊勢を微笑みながら力強く抱きしめる謙信。


「……伊勢、会いたかった」


 抱きしめられながらも目をパチクリし、いまだ信じられないように、立ち尽くしている。



 伊勢は顔を見上げ、両手で謙信の頬を触る。

「本当に……謙信様? 」



 微笑む謙信の顔が、伊勢の唇に熱を与える。くちづけは、可愛い唇を奪い、驚きの表情の伊勢の瞳はそっと閉じられる。息をするのを忘れるくらい、長く激しいくちづけの後、さらに強く伊勢を抱きしめる。


「……もう、離さない! お前をこの手に抱けるなら、俺は運命を信じてこの先も生きていく」


 花冠の伊勢は、ときを超え、初めて会った時のように美しく、生身の温かさが抱き寄せる体温として伝わり、この上なく愛おしさを感じる。今生では、天室光育和尚の言う通り、伊勢と二人、夫婦となり一生を添い遂げたい。


「……伊勢、愛している」


 嬉し涙に頬を濡らす伊勢が、子供のように泣きじゃくっている。


「生きて帰って来てくれたんですね。ご無事でよかった。本当に……よかった」



 抱き合う二人は、未来を信じ、幸せの絶頂にいた。




 そばには……ひらひらと一羽の蝶が舞っている。

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