第64話 一酔の夢

四十九年一酔夢しじゅうくねんいつすいのゆめ一期栄華一杯酒いちごのえいがいっぱいのさけ



ー 高野山 ー


 読経が響き渡る中、メラメラと勢いよく燃える炎が揺れている。



「殿……心配しておりました」

 祈祷の炎は衰えを知らず、意識を失っていた間も読経が止むことはなかった。



「俺は……ここへ、戻ってきたのか」


 影持かげもちは、謙信の体を支えながら、水を渡し、飲むように勧める。


「殿、お水を……。祈祷の炎の熱さで急にご気分が悪くなったのでしょう。さぁ、どうぞ」


「どれくらいの時間、意識を失っていたのだ? 」


「ほんの数十分でございます」


 影持かげもちは、心配顔で謙信の顔を覗き込む。


 謙信は、受け取った水を飲み込み、フゥーっと深いため息をする。





 あれは、すべて夢だったというのか。

 

 ただ、夢を見ていただけだと……。

 



 人生など、ほんのつかの間に過ぎない。この戦国の世の栄華など、さかずきのなかの一杯の酒のように一瞬の酔いを味わえるだけだ。


 人生は、あっという間に過ぎ、そして……輪廻転生りんねてんしょうしていく。



 俺は、この戦国の世をひとりで生きなければならないのか?

 来世でお前と出会うために……。




 つかの間の夢……。


 今、この一瞬こそが夢と思い、愛と義に生きることが、我が運命さだめなのか。


 愛するお前のために、愛と義に生きる。


 この世での生き方が……次の輪廻転生を決め、お前を我が胸に抱ける唯一の方法だと。



 お前への愛をこの胸に秘めて、この戦国を生きれと……!!


 生きながら入定し、この世を治めることが俺に与えられた運命。






 ならば……


 俺は誓おう。毘沙門天びしゃもんてんとなって、このしょうを生きよう。


 戦国の世に正義を貫く。


 永遠の愛を得るために……。




 伊勢……愛している!!


 謙信は、硬く心に決め……ゆれる炎に誓う。


 この人生は、夢に違いない。


 ならば夢の中を走り抜けるしかない。







 謙信はその一生涯を独身で通し、義を貫く決心をする。

 仏の心を忘れず、輪廻転生を信じて!




 四十九年一酔夢しじゅうくねんいつすいのゆめ一期栄華一杯酒いちごのえいがいっぱいのさけ



上杉 謙信 (法名)

生誕 享禄3年1月21日旧暦(1530年2月18日)

死没 天正6年3月13日旧暦(1578年4月19日)

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