第33話 タイミング

「伊勢……本当にこのドレスで良いのですか」


「お母様、私はこのお母様のドレスだから良いのです」


 シンプルなレースのドレスは、アイボリー色で母が大切にしていたドレスだ。


「見て、髪飾りにもぴったりだわ。お母様のドレスにおばあさまの髪飾り……ねっ。素敵でしょ? 」




 我が家にもう少し余裕があれば、伊勢にもドレスを新調してあげられるのに……ごめんね。

 心の中で詫びる母。


「今日は、権太兄様も一緒だから、心配しないで」

 母の気持ちを察して言葉をかける伊勢


「そうでしたね。大使からの招待状が来た時はびっくりしましたが、エミリーさんと伊勢がお友達になったのでしたね」


「伊勢、でかしたぞ。うちの身分じゃ、勝手に鹿鳴館に出入りなどできないが、大使から直々に招待状が来たのだ。誰にも文句言われることなく堂々と行けるな」


「お兄様ったら……」


「こんなチャンスがなければ、俺などは出入りもできんからな。鹿鳴館へ出入りできることは、とても名誉なことだ。我が家は元々、由緒正しい家なのだから、何も引け目など感じることはないぞ。さっ、伊勢行くぞ」


 伊勢と権太は馬車に乗り、家を出た。




 会場へ到着すると


「伊勢……俺は、馬車を止めて来るからお前は先に入ってなさい」


「わかりました。お兄様」




 権太が馬車を移動させる。



 中に入って待ってろと言われても、一人で入るには勇気がいる。降りたその場で待つことにする伊勢。


 一人、権太を待っている所へ、ふえと絶の馬車が到着する。


「あら……伊勢さん。あなた……なぜここにいるの? 」


「あなたのような平民が勝手に来るところじゃないわよ」



 降り立った二人は伊勢に近づいてくる。


「何……そのドレス。あら……こんな所にゴミがついてるわよ」


 ビリッ・・ビリッ・・

 ふえが、伊勢のドレスのレースを引きちぎり、伊勢を押し倒す。


 ドスッ・・・


「痛い……何をするの……」


 道端に倒されている伊勢に向かって……


「まっ……なんて安っぽいドレスなのかしら……ゴミがついてると思ってとって差し上げようと引っ張ったら……破れてしまったわ」


「オホホホ……こんな破れて汚いドレスで来るなんて……私なら恥ずかしくて死んでしまうわ! 」


「伊勢さんなら、裁縫がお得意だからご自分で、ささっと直せるのよね」


「そうね。伊勢さん、お裁縫がお得意ですものね」




「チョット……何してるの?」


 二人は、エミリーが近づいて来たのに気づき……足早で逃げるように舞踊会場に入る。





「伊勢……ダイジョウブ? また、あのふたりだね」


 エミリーが手を差し出して起こしてくれる。

 

「エミリー。ごめんね。私……エミリーと一緒にパーティに行くことが出来なくなったの」


「伊勢。心配いらない……来テ……」


 エミリーは伊勢の手を引き、ドレスルームに入って行く。

 エミリーは、他のゲストと衣装がかぶらないようにと数着を予備として会場へ持ち込んでいた。



「イセ……これぜんぶ……私のドレスネ。あなたに似合うのを選んであげる」


「エミリー……」


「うーん。伊勢は淡い色が似合うね。これなんてどう?」


 薄藤色のドレスは、伊勢にぴったりと似合っている。


「イセ……これプレゼント。私……ドレスたくさんある。これは予備に持ってきてた衣装だし、一度着たら、もう着ない。イセ……これからはドレスのこと心配しなくていいよ」


「エミリーありがとう」


「さぁ……舞踊会にイコウ……私の家族にもしょうかいするよ」








「伊勢……どこに行ったんだ。中に入ってろとは行ったが……一体どこにいるんだ」


「あら……権太さん。ご機嫌いかが?」


「あっ……紅華さん! 」


「権太さん、なぜここに? 」


「伊勢といっしよに来ましたが、伊勢が見つからないので探していたのです」


「伊勢も来てるのね。まさか……政宗様と一緒ではないですよね」


「いいえ……大使から直々に招待状を頂いたので二人で来ました」


 えっ?!……大使から直々に招待状を……凄いわね。




「紅華さんは進之介さんといらしたのですか」


「そうよ。今日はお兄様に連れて来てもらったの」


「そうでしたか……もしよければ、ダンスの時に一曲踊ってもらえませんか」


「そうね……考えておくわ」


伊勢も来てるのね。政宗様をしっかり監視しないと……。





「謙信様……来てるかしら」


「絶さん。謙信様はお一人で来ると言っていたじゃない。きっと私たちと一緒に来るのが恥ずかしかったのね」


「ふえさん。あなた……この前の伊勢の事忘れたの」


「忘れることなどできないわよ。でも……どう考えてもあの落ちこぼれ伊勢より、私達の方が優れてるわ。それに、伊勢のドレスは……たしか……転んで破れてしまったのよね。あの格好でダンスなどできるわけがないわ」


「そうでしたわね。伊勢のドレスったら……ひどかったわね。今頃、泣きながら帰って行ったわね」


「謙信様は、絶対に渡さないわ」


「そうね、何があっても伊勢だけは許せないわ」






 舞踊会への出席が、政府から貴族への命令なのか。

 外国の大使館主催とはいえ、なんと馬鹿げたことなのだ。



 馬車は舞踊会場へと進んでいる。


 気が進まない謙信ではあったが、この世界の掟に従わなければならない。

 ふえや絶もきっと来ているだろう。エスコートして欲しいとの願いは丁重に断ったが……あの二人の積極性は前世から全く変わっていない。いや……前世よりパワーアップしている。困ったものだ。


 謙信様……到着しました。

「影持、今日は早く帰る予定だ。そのように心得ておいてくれ」


「かしこまりました。私は、外で待っておりますね」


 謙信が馬車から降り、歩き出すと道端に何かキラキラと光っているものが見える。


 あれは……?


 拾い上げてみると……それは見覚えのある髪飾りだった。


 伊勢の髪飾りではないか。なぜここに伊勢の髪飾りがあるのだ。伊勢も来ているのか……? 何があったのだ。


 謙信は、足早に中に入る。





「あっ……謙信様だわ」


「見て……今日はお一人のようね。氷のようなあのクールな感じが素敵だわ。……是非一緒に踊ってほしいわ」


「あら……政宗様も今日はお一人なのね。政宗様も素敵よね。」


「見て……あちらでは信玄様もいらっしゃるわ。信玄様の周りには沢山の令嬢がいらっしゃるわ」


 ヒソヒソと女達の話し声が聞こえる。



 謙信の野郎。この前のことは忘れるものか。伊勢と先約があるなどど嘘をつきやがって……。

 政宗は、謙信を睨みつける。



「今日も君たちは綺麗だね」

「キャー。信玄様はいつも素敵ですわ」


 たくさんの女が俺にまとわりついてるが……どいつもこいつも俺の好みではない。こいつらは、チョット優しい言葉をかけるとキャーキャー言っているが、なんと退屈な女達なのだ。

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