第32話 文明開化

「伊勢さん。これはなんという料理ですか? ……あなた、お砂糖とお塩を間違えて入れたのではないですか」


「えっ……先生。そんなはずは……!?」


ちょっと味見をしてみる。


「ゲホッ……うわーっ、何この味? 」


「伊勢さん……あなたが作ったものですよ。これでは良妻賢母にはなれませんよ」


 また……やってしまった。


 女学校では、料理の授業もある。





「まっ……みて。伊勢さんたら……本当にこの女学校の恥よね」


「そうね。ふえさんの言う通りだわ。料理も裁縫もできないなんて、女として最低よ」


「それなのに、この前の舞踊会。本当に腹立たしいわ」


 謙信が伊勢を連れ出したあの日のことは世間で評判になっていた。




 女嫌いで、いつも冷静な謙信が、人目もはばからず連れ出した美しい娘。男たちから、伊勢はそう噂されていた。


 女達から、遊び人プレイボーイだが絶大な人気を誇る政宗。

 女嫌いと言われているが、なぜか人気の謙信。

 この二人が取り合った女。


 あの日以来、男達の注目を集める事となった伊勢に対して、女達からの視線は冷たくとげのように突き刺さる。




 また、やっちゃった。……料理や裁縫の授業は苦手だな。良妻賢母か……良妻賢母になるために女学校に来てるわけじゃないのに……もっと勉強したいのに……。


 女学校は男子の学校とは違い、教えている教科も内容も違う。伊勢は広い世界が見たかった。

 

 しかし……この時代ではまだ許されない事だった。




 とぼとぼと……伊勢は、一人……家路へと歩いて行く。




 そこへ馬車が通りがかる。




 バシャッ!・・ドバッ!


「きゃっ。うそでしょ〜!!」



  馬車は、水たまりを通り、わざと伊勢に泥水をかける。


「あら……伊勢さんじゃないの。泥水なんて、汚いこと……」




「あっ……絶さんとふえさん」


 馬車の窓から……二人が伊勢を見下ろす。



「伊勢さん。あなたは身の程を知るべきね。平民の身分で謙信様に近づくなんて。これ以上、謙信様に近づくのは許さないわよ」


「そうそう……平民のくせに……あなたには泥水が似合ってるわ。今度、謙信様に近づいたらこんなものでは済まされないわよ。オホホホ……行きましょう。私達、これから謙信様の屋敷に行かなくてはならないのだから」


「そうね。ふえさん。謙信様に次の舞踊会のお約束をしてもらわないと……」



 ふえと絶を乗せた馬車は……勢いよく、走り去る。





あーあ。ひどい目にあったな。こんなに濡れちゃった!



「アナタ。ダイジョウブ? 」


「えっ……?」


「ワタシ……見てました。あの人たち……ワルイ人ね。ワタシの家、ここのちかく。服、乾かすといいよ」


そこには、可愛らしい外国人の女の子が立っていた。


「ワタシ……エミリー。16歳。日本のお友達がほしいね」


「ありがとう、エミリー。私は伊勢」



 エミリーは、外交官の家族として日本に来ていた。

 当時、まだ日本に住む外国人の数は少なく、エミリーはいつもひとりぼっちだった。





 エミリーのうちについて行くと……。


 そこには、日本とは思えないような光景が広がっていた。


 玄関では靴を脱ぐこともなく、家の中、全てが西洋式だった。当然、使用人との会話も英語である。

 女学校では、英語も習っていたが、実際に聞く英語はまるで音楽のように聞こえる。


 凄い!! 日本なのにエミリーの家の中はまるで外国のようだわ!



「アナタ……この前の舞踊会に来てたね。今度、お父さん主催のパーティある。ぜひ、来てほしいね」


「エミリー。私はあまりパーティは得意じゃないの」


「ワタシ……友達いない。だから、イセと一緒にパーティに行きたい。お願い。その時、家族にも紹介するよ。ワタシとおともだちになって。日本語もおしえてほしい。ワタシ……イセに英語を教えてあげる」


 そっか……外国から来たエミリーにはお友達がいないんだな


「エミリー。私のうちは、パーティとか行くような身分じゃないの」


「イセ……この国おくれてる。身分とか友達になるのに関係ない。イセが困らないように、私の服、貸してあげる。それに私のお父さんが主催のパーティで伊勢はゲスト。誰にも文句いわせない」


「ありがとう。エミリー。わかったわ。私たちお友達になりましょう」



 エミリーの国では、身分などないのか……学校でも、男子と一緒に勉強できるなんて、すごいわ。


「私たち……今日からおともだちね」

「そうね。お友達」


 二人は笑顔で指切りする。




「エミリー。また会いましょうね」


「イセ……楽しみにしてるよ」


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