第31話 戸惑い

 鹿鳴館では、華やかな照明の下、軽快な音楽が奏でられていた。



「見てごらんなさい。謙信様が来てるわよ」


「あら……本当に謙信様だわ。ここへ来たのを初めて見たわ。それにしても……あの冷たい感じが素敵だわ〜」


「一緒にいらっしゃるのは、ふえさんと絶さんね。あのお二人は謙信様にご執心ですものね」


「あっ……なんでも、ふえさん。お父様に頼んで謙信様を説得したらしいわよ。なんども、なんども頼んでエスコートしてもらったのね。……でも、わたくしも一度で良いので、謙信様にエスコートしてほしいものだわ。私もお父様に頼んでみようかしら……」



 鹿鳴館では、謙信がふえと絶に両腕を組まれて……身動きも取れない。


 まるで、二人で取り合いしているような形相だ。




 影持のアドバイス通り、ここへ来た。


 彼女たちを舞踊会に連れて行って欲しいと、何度となく頼まれていたらしく、さすがにこれ以上、断り続けることができないと影持から告げられ……しかたなく来た。



 それにしても……


 この二人には前世で申し訳ないことをしたとは思うが……がんじがらめのこの状態に、いつまで耐えられるだろうう……何か理由をつけて早々と退散しなければ……身がもたない。




 この日の参加者は、そうそうたるものだった。

政界・財界・外交官などの外国人の姿も多い。さすがに、日本最高峰の社交場である。





「ちょっと遅れてしまいましたが……着いたわ。さっ、入りましょう」


 紅華に催促され……四人が広間へと入って行く。




「まっ……あれは政宗様よ。いつ見ても素敵ね。今日はどなたと来ているのかしら」


「進之介様も素敵よ」


 会場の女性たちの注目を浴びる政宗と進之介。


 女性たちは、政宗や進之介と話がしたくて近寄って来る。



「政宗様……御機嫌よう」


「進之介様……あとで私と踊ってくださいね」



 政宗は、苦笑いで答えるが……心の中で叫んでいた。

やっと伊勢をここへ連れ出したのだ。お前たちなどに構ってられるか……




 このままでは、伊勢との時間もままならない。

何と言っても……押しの強い紅華も一緒だ。



 政宗は……突然、伊勢の手を引き……


「伊勢……踊ろう!! さぁ……行くぞ」


「えっ……?」


強引に手を引かれ……ダンスフロアへと連れていかれる。


紅華と進之介は……政宗の突然の行動にびっくりと目をむき出している。



「政宗様……私と踊ってくれるはずじゃ……」


 紅華が叫んでいる。




「政宗様……困ります」


「伊勢……何も困ることなどない。伊勢と一緒に踊りたいのだ。いくら誘っても応じなかったお前がやっと、この場に来ているというのに、他の女と踊る気などしない。さぁ……踊ろう」

 

 伊勢の思いなど気にすることなく強引に踊り出す政宗。



「おい……政宗と踊っているあれは誰だ。あんな美しい娘は見たことがない」


「なんて品のある女性なんだ。凛とした立たずまいとあの美しさ。派手なドレスをまとっている女性よりよっぽど輝いてる」


 男性たちが、政宗と踊る伊勢に釘付けになっている。



 伊勢はダンスは得意であるが、政宗の強引なリードに困り果ててしまう。


 このままじゃ……政宗様の策略にはまってしまう。そうだ……こうなったら……最後の手段でいくわ!


== グキッ・・==


政宗の足を思いっきり踏みつける。


「あら……ごめんなさい。ダンスは苦手なので……」


「あはは……伊勢。そんなことで、めげる政宗ではないぞ。お前のそんなお転婆な所もすごく気に入っているのだから……」


 思わず……立ち止まって静止してしまう。



 この方には、このようなことでは通じないのだわ !


 紅華の睨んだ顔も見える。


 伊勢は、一刻も早くこの場を離れたかった。……無情にも音楽は流れて行く。


 政宗は踊りながら、大笑いしている。






 軽快な音楽が流れる中、謙信は気だるい気持ちでフロアを見た。


 男たちも女たちも……まわりのものたちが、なぜかザワザワしている。


 女たちは政宗を見ている。



 あれは……晴宗はるむねに似ているが……政宗というのか……

晴宗も女癖が悪かったが、こいつもチャラチャラしたやつだ。血は争えんな……。




 政宗と踊る娘・・・

 まわりの男たちが見つめる先・・・





 目を疑った。



 手を引かれて、中央に連れてこられたのは……紛れもなく伊勢だ。


 伊勢は、わざと男の足を踏みつけている。


 ハハハ……伊勢のお転婆は今世でも変わらずか……



 政宗を気にくわないのだろう。


 見ている男たちがざわめいている。


 あの……女たちから絶大な人気のプレイボーイを足蹴にしている美しい娘は一体誰なのか?!






 その時……一人の男がにやにやしながら、伊勢を見ているのが目に入った。


 あれは……信玄!


 まったく、どいつもこいつも……見たことのある顔ばかり……伊勢と再会できたのは嬉しいが……現世でもこいつらと関わって生きていくのか!?

 

  信玄のやろう……あの、いやらしい目つき。伊勢に言いよる気だな。人間の本質は生まれ変わっても変わらないものなのか……




 いてもたってもいられず……謙信の体が……無条件に動いていた。


 ふえと絶の手をほどき……ダンスフロアへと走り出す。






 さっと、伊勢の手をとり……


「一緒に来い……!! 」


「えっ……?」


戸惑う伊勢に謙信は、ただ強く手を引く。


「……ここを立ち去りたいのだろう。助けてやろう」


 謙信は政宗に声をかける。


「政宗……伊勢とは、ずっと以前から約束をしていた。悪いが俺が先約なので、伊勢を連れて行くぞ」


「……なんだと!!」


「……悪く思うな」



 ふえと絶も絶句している。



……氷の男と言われている謙信の行動に誰もが驚き……目をみはる。




 謙信は、まわりのことなど気にする様子もなく、伊勢の手を取り……広間を駆け抜けると、外へ飛び出した。






 たくさんの馬車が並んでいる場所まで来ると……



 伊勢を馬に乗せる。



「伊勢……しっかりつかまれ」


「……あの。あなたは誰? 確かにあの場所には居たくなかったけれど……こんなこと……」


「心配しなくても大丈夫だ。俺の名は、上杉謙信」









二人は、黄金色に輝く馬に乗り、駆け出す。



「伊勢……しっかりつかまれ」


 急に駆け出した馬……


「……きゃっ」


 伊勢……お前は、なにも変わらないな。


 謙信にしがみつく伊勢。


「振り落とされないように、しっかり捕まれ。伊勢」



 謙信は……生きている伊勢の温もりを感じ、胸が熱くなった。

 

 お前にまた会えるとは……!!




  伊勢は複雑な想いの中……

 馬から振り落とされないよう必死に、謙信にしがみついていた。

 


「伊勢……ここまでくれば誰も追ってはこないだろう。ここで少し馬を休ませたいが……よいか」


「はい」


 謙信は伊勢を馬の背からおろし、馬に水を与える。


「……あの。……謙信様、 どうして私のことをご存知なのですか?」



 謙信は、伊勢に前世のことを説明することもできず……


「……いや。美しい娘が踊っていたので、あれは誰だと連れのものに聞いたのだ。政宗の強引さに困っていたようだったので、つい余計なことをしてしまった」


「そうだったんですね。ありがとうございます。政宗様は悪い方ではないのですが、友人の紅華が片思いをしている人なのです。それなのに、政宗様が強引に……困っておりました」


「ははは……やはり、あの足踏みはそういうわけだったのだな」


「まっ……見てらしたのですか」


「お転婆だな……」


「お転婆ではありません。ちょっと……足がもつれただけです」




 謙信は、すっと伊勢の頭に手を寄せる。

 伊勢の髪飾りをとり……


「……あの」


「お前の髪飾り……馬に乗った時に乱れたのだろう」


 優しく髪を撫でると髪飾りをつけ直してくれる。



「この黄色い髪飾りは、おばあさまが大切にしていたものです。おばあさまがこっそり教えてくれたのですが、昔、おばあさまが若かった頃、お慕いしていた方から頂いたそうです。その方はいくさに行くことになり、黄色い髪飾りは、帰って来たときに一目でおばあさまとわかるように……目印となるようにと言ってプレゼントしてくれたと聞きました。その方はそれを最後に戻って来ることがなくて……おばあさまは、ずっと大切にしていたそうです」


「そうだったのか。お前によく似合う。たくさんの女たちが着飾ってあの場にいたが、お前の薄黄色のドレスと髪飾りは誰よりも美しく輝いていたぞ」


「……えっ? 先ほどは、お転婆と呼んだのに……ですか? 」


「お転婆は撤回しないが、綺麗だと思ったのも本心からだ」


「まっ……」


「そうむくれるな」


 謙信は、さっと伊勢の顎をもちあげる。


 頬を膨らませ、すぼんだ口の伊勢は……まるで幼子のようだ。




 その可愛らしい顔。謙信の想いを知らないとはいえ……たまらない気持ちにさせる。


「……伊勢」


「えっ……?」



謙信は、ついばむように伊勢の唇を奪う。

……なぜか身動きできずに立ち尽くす伊勢。


 二度目に落とされた口づけは……謙信の唇がしっかりと合わさる。

唇の暖かさがお互いに伝わり、時間が止まったように感じる伊勢……


 

 まるで魔法にかかったみたいに、伊勢の心が囚われていく。





 謙信は、何もなかったかのように伊勢に話しかける。


「さぁ、家まで送ろう」


 馬に向かって歩いて行く。




「……あの。ちょっと……待ってください! 」


……初めての接吻キス……なのに……ひどい!!



 謙信は、後ろから小走りについて来る伊勢に悟られないようにしていたが、頬が緩んでしまう。


 伊勢……おまえにはわからないだろう。どうしても我慢できなかった。目の前に愛するお前がいるのだ。政宗に先約と言ったのも嘘ではない。お前に前世の記憶がないだけで、お前はおれのものだ

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