第29話 馬子にも衣装

 ある日のこと……



「伊勢。遊びに来てあげたわよ」


 紅華べにかは、同じ女学校に通っている幼馴染。



「伊勢……良い知らせを持って来たわよ。私……政宗様と舞踊会に行けることになったの。伊勢……あの政宗様よ。みんなの憧れの政宗様がようやくOKしてくれたのよ。でもね……一つだけ条件があるの。伊勢も一緒に来ることなんですって。なんで……伊勢もいっしょなのかしら……まっ、いいわ。進之介お兄様に頼んでやっとOKしてもらったのよ。伊勢! ……今回は絶対に付き合ってもらうわよ」



 紅華の兄・相馬進之介は、小さい頃は体が弱く、よくいじめられていた。お転婆な伊勢はそんな進之介にいつも味方をして、いじめっ子を追い返していた。今では、弟の直胤なおたねと同じ剣術を習い、かなりの腕前である。剣術に強く、優しい性格なので、女学生からも人気がある。




 紅華には、知らせていないが……


 政宗は、何度となく伊勢を舞踊会に誘ってきていた。そして、伊勢はいつも断っていた。


 伊勢にとって、鹿鳴館の舞踊会など全く興味もなく、馬を走らせてる方か、よっぽど楽しかった。



「紅華……私は行けないよ。紅華と違ってうちはドレスを新調する余裕もないし……私……そういうの苦手だし……」


「何言ってるの。そんなこと許されないわよ。あなたのドレスは進之介お兄様が新調してくれるわ。お兄様……あなたをエスコート出来ること、あれで、結構喜んでるみたいよ。なんでかしら……まっ、そんなことはどうでもいいわ。伊勢……今回だけは、絶対命令よ!! 」


「もう……紅華ったら。無理だって……」


「……あら。いいの。私にそんなこと言って。お父様に伊勢のお父様とお兄様のこと頼もうかしら……。私が頼んだら……伊勢のお父様とお兄様なんて簡単にどこかへ飛ばしてもらうこと(左遷)だって出来るわよ」


 紅華の父は、伊勢の父と兄の上司である。そして、紅華の父は、紅華のいうことならなんでも聞いてしまうくらい、紅華を溺愛している。


「……もぅ、紅華、わかったわよ。でも……今回だけだよ。そして、ドレスはいらない。ふくが、いつか着る日が来るかもしれないと手作りしてくれたドレスがあるの。だから、それを来ていくわ。でも……約束よ。これが最初で最後だからね」




◇ ◆ ◇


 舞踊会当日……


 気の進まない伊勢ではあったが……


 ふくはニコニコしながら、支度を手伝っている。


「お嬢様、とてもお綺麗ですよ。いつか……お転婆なお嬢様でも着るチャンスがあるかもしれないと、ふくが作っておいたこのドレス。ううっ。お美しい。じっとしているとぜったいお転婆とはわかりませんよ。お嬢様、おしとやかにしているのですよ」


「ふく……ドレスをありがとう。わかったわ……今日だけは、おしとやかにしているわね」




「……奥様、……伊勢お嬢様の支度が出来上がりました」


「まぁ〜。伊勢、……とても綺麗ですよ」


「姉上……姉上のドレス姿を見られるとは……いつもは袴姿なので、驚きましたが、一応……姉上も女だったのですね」


 戸惑う……弟の直胤!


「おう。伊勢……馬子にも衣装とはよく言ったものだ」


「お父さまも直胤も……それはひどいわ」


「伊勢……そのようなヒラヒラした西洋の着物など着ずに、いつもの袴姿の方がお前らしくて可愛いぞ」


「おじいさま。私もそう思いますが、今日は紅華と進之介様のお供で鹿鳴館に行かなくてならないのです」


「まっ……伊勢。綺麗ですよ。さすがに私の孫ですね」


「おばあさま。ありがとう」




 ふくが手作りしたドレスは、最先端で流行はやりのものとはいえなかったが、薄黄色でシックなデザイン。


 伊勢には、とても似合っている。


「伊勢……これをつけてお行きなさい」


 祖母のしまが、伊勢に髪飾りを渡す。


「おばあさま。これは……」


「これは、私が大切にしていたものです。あなたにぴったりですよ」




 黄色い花のティアラのような髪飾りはドレスとマッチしている。



「おばあさま……ありがとう。本当は、気がすすまない、この鹿鳴館の舞踊会だったのですが、この可愛い髪飾りをつけたら気持ちが明るくなります」


「伊勢……この髪飾りはね。……私の想い出の髪飾りなのよ。ずっと大切に……想い出とともに箪笥たんすの片隅にしまっておいたもの……。あなたにとても似合っているわ。人生は何があるかわからないものです。あなたは若いのですから、一瞬一瞬を楽しまなければいけませんよ」


 伊勢の耳元で呟く……


「おばあさま……ありがとう」



「さぁ。伊勢……そろそろ行くぞ」

兄の賢太は、紅華の屋敷まで送ってくれることになっている。


 紅華のことが気になる賢太ではあったが……紅華は政宗に夢中で賢太など眼中にない。



 馬車に乗り込み、紅華の屋敷まで走らせる。

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