第28話 桜の蕾(つぼみ)

「伊勢……話があります。こちらへ来なさい」


 うわっ……しまった。もう連絡が来てるなんて!


「お父様……お母様……伊勢は、今とても、とても忙しく、たてこんでおりますので、お話はあとでお聞きしますわ」



===ドドドーッ ===

伊勢が、慌てて外へ走り出してしまう。


「これ……伊勢。お待ちなさい。あなたという子は……ふく……伊勢を捕まえておくれ」


「お嬢様……ふくがあれほど裁縫の仕方を教えましたのに……なぜこのようなものができるのですか」


 ふくは……私が作った羽織を手に追いかけてくる。





 ことの発端は……今から時間を遡ること……数時間前。




「伊勢さん。宿題の羽織ですが、これはなんですか?」


「先生……。先生も宿題の羽織と今おっしゃったとおり、羽織です」


「……伊勢さん。これは、右手と左手の長さも違いますし、右手の腕周りは縫い合わされていて、手も通らないではないですか。私には雑巾にしか見えませんよ」


「……あれっ。うわっ……本当に手も通らない……」

 また……失敗しちゃった!



「伊勢さん。あなたと来たら、この女学校始まって以来のおちこぼれ生徒ですよ。ご両親にお話ししますので……そのおつもりで! 」





◇ ◆ ◇


 伊勢……十六歳。花も恥じらう女学生。


 勉強が好きで女学校に通ってはいるものの、裁縫、料理……花嫁修行が大の苦手。


 父・信由のぶよしは、相馬藩の上級武士だったものの、武士の時代は終わり……達筆さと真面目な性格、勤勉さをかわれ、なんとか政府の仕事につくことができた。


 母は、お嬢様育ちで、一般の生活にはいまだ馴染めずにいる。いつも、いつも……武士の世を恋しがる。


 そりゃね……母のような箱入り娘にこの時代の変化は大変だよね。でも……私は現代を颯爽と生きる女になりたいの。


 祖父は、養子婿だけど、昔の武士のスタイルを貫いている。あっ……スタイルだけじゃない。頭の中も未だ武士の世で……とても頑固なおじいちゃん。でも……私にはとっても優しいおじいちゃん。


 ただし……祖母には、頭が上がらない。祖母はおじいちゃんと見合いで結婚したけれど……その昔、本当は結婚したいと思った相手がいたようだ。


 兄・権太も父と同じ所で、働いている。


 弟の直胤は、まだ学生で北辰一刀流の道場で剣術を毎日磨いている。




 みんな……大変ながらもこの激動の時代を生きている。

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