第24話 入定

 謙信は、上洛じょうらくの帰路、すぐに越後へは帰らず、高野山へ向かっていた。



 当時、高野山は非武装地帯として扱われており、どの武将たちも、衣を脱ぎ、漆黒しっこく陣笠じんがさをかぶって、左手に数珠じゅずをまいた姿で入山しなければならなかった。



 高野山は、弘法大師こうほうたいしが開いた日本仏教の聖地で、当時は女人厳禁。厳しい戒律のある真言密教の本山として名が知れ渡っていた。



 真言密教では入定にゅうじょうと呼ばれる究極の修行方法があり、空海(弘法大師)は、835年3月21日62歳の時、一切の煩悩を捨て去るため食を取らず、自我を解き放ち、精神世界(菩薩の世界)へと至るため、座してその姿勢を崩すことはなく、己の肉体だけを現世に残し入定にゅうじょうした。


 世に言う、即身成仏そくしんじょうぶつ


「人は生まれながらにしてすでに仏である」とする大師の教えの1つであり、密教における究極の奥義である。



「死」や「滅び」と言う概念はなく、肉体だけを現世に残して仏になることを意味し、謙信は、この教義に心惹かれた。




 無量光院では、住職清胤が朝の護摩堂ごまどうで護摩行をしている。


 清胤による護摩行は、幻想的であり謙信の心を捉える。




 炎は、現世の辛さを忘れさせてくれるかのように……メラメラと燃えている。




 謙信が真っ赤に燃える炎をみて祈りを捧げていると……



 炎がゆらゆらとひときわ大きく揺れだし、まるで炎にのみ込まれるかのような感覚になってきた。




 無の境地で祈るとは、このような感覚なのか・・




 謙信がそう思った時・・・・突然、視界からすべてのものが消え、脳天からすーっと暗幕が降りて来たような状態におちいってしまう。



 肉体だけを現世に残し……謙信は未来へと入定にゅうじょうするのである。

 






「……殿」


謙信はすーっとそのまま気を失った。






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