第4話 出会い


 小さな泉のほとりで乗って来た馬に水を飲ませていると、真っ白い馬が走り寄ってくる。


「どこからきた?」


 真っ白い馬は、前足を折り、前かがみになり乗れと言わんばかりにかがみみこむ。


「面白い。乗れというのか? ちょうど退屈をしていたところだからな」


 馬に乗り手綱を取ると、白馬は一目散に駆け出して行く。どこへ連れて行く気なのかは知らないが、この馬の潤んだ目から邪悪なものは感じない。


「白馬よ。我を連れてゆけ」


 謙信は、馬に乗りながら次に何が起こるのか、ワクワクした気持ちでいた。




◇ ◆ ◇


「女がいたぞ」


「このやろう……手間をかけやがって」


 私が作った黄色い花の冠が、そこに私がいることを知らせてしまっていた。花冠が、目立っちゃったんだ。



「さぁ、今度こそ逃しはしないぜ」


 腕を掴まれ、激しく抵抗してみたものの逃げることができない。



「ヒヒィーン!」

 天馬の声だ! 



「天馬〜、私はここだよ」

 大声で叫ぶと、天馬が走り寄ってくる。



「そこの男たち、女を離せ」

 天馬に乗る見知らぬ男が野盗たちに言い放つ。



「何を言いやがる。この女は俺たちの獲物えものだ」


「獲物だと? お前の目はどうかしている。お前には、この女がきつねにでも見えるのか?」


「やかっせぇ〜。殺されたくなかったら口出しするな」




 こんな雑魚ざこどもの戯事たわごとなどは、どうでも良い……。


「女……この白い馬の名は天馬というのか?」


「そうです。天馬は私の馬です」


 なるほど、この馬が俺をここに連れて来たのは、この女を助たいと思ってのことか……。しばらくいくさもなく、刀の鶴姫一文字ひめつるいちもんじも舞いたがっている。丁度良いだろう。



「薄汚い野盗ども……女を諦めこの場から立ち去れ! 」


「ふざけるな。何を言ってやがる。こんな上玉をやすやすとお前に渡すとでも思っているのか。野郎ども……この男を始末しろ」


「わかりやした。かしら、この男を始末したら、あの女……俺達にも可愛がらせてくだせいよ。これほどの別嬪べっぴん、滅多にお目にかかれませんぜ」


「いいだろう……仕方ない野郎どもだな」


 野盗たちは、一斉に謙信に飛びかかってくる。




「何をたわけたことを言っているのだ」


 鶴姫一文字を抜くと、目にも見えない速さで野盗数人を一打ちで倒してしまった。


「なんて……早いんだ!! 強すぎるぜ、お頭!! ……俺たちの手におえる相手じゃありませんぜ」


「化け物みたいなやつですぜ」


「お前は一体何者なんだ? 」


「薄汚いやつらに俺の名を教える必要などない」


 鶴姫一文字が天に向けて再度舞おうとした時、野盗達は我先にと逃げ出して行った。


「口ほどにもない奴らだ。おい、そこの……花冠の女。怪我はないか?」


 花冠の女? あっ……私のことか。


「大丈夫です。怪我はありません」


 恐怖で震え、硬直した体で答えるのが精一杯。謙信は、そばに寄って来て、私を見つめている。


「足に怪我をしているではないか。血が出ているぞ」


 藪の中を夢中で逃げていた時に、草履のはなおが切れた事を思い出した。謙信は、私を座らせると持っていた手ぬぐいで傷を優しく手当てしてくれた。


「あの……ありがとうございます」


「お前の馬が、俺をここに連れて来た。礼なら馬に言うんだな。怪我をした足では一人で馬に乗れないだろう」


 ふあっと私を持ち上げた謙信は、天馬に私を乗せ自らも馬の背に乗った。


「しっかり、掴まっているのだぞ」


「白馬よ……行くぞ……!! 」

 天馬は、謙信の声に反応して、駆け出す。


「きゃっ…… ! 」


「お転婆でも、そのような可愛らしい声をだすのか……ハハハ」

謙信が大声で笑い出す。


「お転婆なんかじゃありません。失礼な」


「女が馬を一人で走らせ……野盗に襲われていたのにか……? 」


「馬に乗るのは得意なんです。いつもは、馬から降りることなどしないの

ですが……今日は遠くまで来てしまい、馬を休ませるために降りました。泉のほとりに野花がたくさん咲いていて、お城から一度も出たことのない妹達にと花冠を造っていました。夢中になりすぎて、野盗達に気づかなかったのは不覚でしたが……」


「ほう……お転婆が花をね……それで花冠をつけているのか? 」


「あっ!」


 思わず頭の花冠に両手を添えると体のバランスを崩して馬から落ちそうになる。


「手を離してはダメだ。馬から落ちるぞ! 」


「馬から落ちるのは困ります」


 馬から振り落とされないように彼の腰にしがみついた。




「ハハハハハ……それでよい。そなたは平井金山城に住んでいるのか?」


「はい。千葉采女ちばうねめの娘・伊勢と申します」


「花冠の伊勢姫か……」


「あなたのお名前は?」


「俺は、…………龍だ」


「えっ……龍?」


「そうだ……俺のことを龍と呼ぶものがいる」


 謙信は、敵対関係にある北条方の伊勢姫に自分の素性を知らせたくなかった。




「それでは……龍さまとお呼びしますね。今日は助けていただいて、本当にありがとうございました」


 馬の背にありながら、伊勢姫が謙信の背中にちょこんと頭をつけて、お辞儀をしているのがわかる。

伊勢姫の温もりが謙信にはちゃんと伝わっていた。


「無事で何よりであった」


「はい」

伊勢姫は、背中で返事をしている。


出会ったばかりの愛らしくてお転婆な伊勢姫。


謙信は、自分でもわからないが、なぜかこの姫の無事を心より喜んでいた。




「……龍様は、何故ここにいらっしゃったのですか?」


「俺は、時々一人になりたくなる時がある。そんな時、馬を飛ばしてあちらこちらに出かけるのだ」


「そうなんですね。私も時々馬を走らせたくなるので、なんとなくお気持ちはわかります。」


「お前もそうなのか?」


「はい。実は今日もそんな気持ちになって馬を走らせておりました」


「そうか……俺も今日はそんな気持ちだったのだ。馬を飛ばしてこの泉まで来ていた。そんな時、白馬が現れた。白馬の目はとても澄んでおり邪悪さを感じなかった。白馬に促され、背にのってみたら、美しい花冠の姫に出会った」


 えっ……? 私のことをそんな風に思っていたなんて……なんて答えれば良いのか言葉が見つからない。


 笑いながら馬を走らせる彼の背で……私は必死にしがみつくしかなかった。




金山城下の近くまで来た時……


「伊勢姫は見つかったか?」「いや、まだのようだ」大声でわめきながら騒ぐ者達の姿が見えて来た。

お城のものが私を探して村人にまで聞き回っているのがわかった。




「ここまでくると、もう大丈夫だろう。」

謙信は、さっと馬から飛び降り……伊勢姫を見上げる。



「伊勢姫。俺はここで消えるとしよう。お転婆もほどほどに気をつけるが良い」


「お転婆じゃありません。でも……気をつけます」


「よい心がけだ。いつかまた会おう」


謙信は……くるっと今来た道に方向転換し、笑いながら駆けて行った。





「姫様〜」


遠くの方から、城のものが私を見つけ走り寄ってくる。



私は……城にもどりたっぷりお説教されることとなる。

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