第3話 絶体絶命!

 天馬を走らせる。


「このままどこかへ消えてしまいたい」


 野山を駆けながら……

夢の中にいるように、現実を受け止められずにいる。

馬を走らせている時だけが、すべてを忘れさせてくれる。



 どれくらい馬を走らせただろう。

馬が汗をかき、息も荒くなってきた時、馬上から小さな泉がみえてきた。

天馬にもそろそろ休憩が必要だ。あの泉で少しだけ休んでいこう。


 馬に水を飲ませ、木陰に休ませると……あたり一面に咲く可憐な野花が目に入る。


 「まるでお花畑みたい」


 なんて綺麗なんだろう。お城の中に植えられている端正な花たちより、野山に咲く雑草やたんぽぽたちがこんなに綺麗なんて。嫌なことなどすっかり忘れ、思わず笑顔になってしまう。


 眺めていると……たんぽぽの綿毛が風に吹かれて、ふわふわと自由に空を飛んで行く。



「お城から一度も出たことのない年若い妹たちに見せてあげたいな。そうだ、冠を作ってお土産にしよう」

 たんぽぽや野花を夢中で摘み、花のかんむりを作っていた。


 花冠かかんが出来上がり、それを頭につけ、そろそろ引き上げようかと思った矢先……


 天馬号が急にいななき出した。


「天馬がこんな鳴き方をするなんて…… 」


 嫌な予感とともに振り返ると、野盗らしき卑しい男たち数人が私の周りを取り囲んでいる。


「おい、女。顔を見せろ!」

私は、口をつぐんで男を睨みつける。


「おかしら、この女、凄い上玉ですぜ。こんな別嬪べっぴん今まで見たことないですぜ」

「女。悪く思うなよ。連れて帰って、売る前に……可愛がってやるぜ」


男たちが、じわじわと近づいてくる。

絶体絶命だ。


「……どうしょう」


 木に繋がれた天馬号が、狂ったように嘶き叫んでいる。

ひづめを蹴り上げ、繋いでいた綱が解かれたのは、男たちが襲いかかろうとしていたその時だった。


「天馬!」

跳駒バッキングして、男たちを蹴散けちらし天馬は私に向かって駆けてくる。


「はしれ!!」

天馬に飛び乗り……走り出す。


 男たちも自分たちが乗ってきた馬に飛び乗り、追いかけてくる。

執拗に追いかけてくる男たちを背に走ることしか逃げる術がない。



「天馬……駆け抜けるのよ」



走っても……走っても……どこまでも執拗に追いかけてくる卑しい男たち。


「あの女を絶対に逃すな」


「どうしょう……天馬の足の速さは知っているけど、これほど執拗に追いかけられるとは……」


 草原を超えて、さらに走り続けると向こうは森の中。

天馬もさすがに森のやぶを走り抜けることは難しい。


 ここからは、馬を降りて、藪の草陰にでも隠れるしかない。

天馬はこのまま逃がそう。幸い、男たちの姿はまだ見えない。


「天馬……無事に逃げるんだよ」

天馬を逃して、草薮に息を潜めて……そっと身を隠す。


天馬は、そのまま走り去る。


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