第2話 永遠の愛を君に。
=== 諸共に見しを名残の春ぞとは 今日白川の花の下かげ===
「伊勢姫様、おまちなされ! 勝手にお屋敷を出てはなりませぬ」
乳母のふくが叫んでいても、立ち止まるわけにはいかないわ。
「誰か、姫様を捕まえてくだされ〜!」
ふくは気が動転して、口だけパクパクしてるけど、侍女たちは私の足の速さに誰一人として、追いついて来ることができない。
全速力で、城の台所から勝手口を通って外の急な坂道を走り抜けた。坂道を降りた城門で、弟の
お城の中でじっとしていると気がおかしくなっちゃいそう。いつもは、ささいなことで喧嘩してしまう弟だけど、こういう時は役に立つ。
「姉上……約束通り、馬の用意を致しました。父上や母上に怒られるので私が手引きしたことは絶対に内緒ですよ。それと、姉上が天馬号に乗って野掛けをするのは、父上と母上の外出中だけの事と約束してくださいね」
「わかった。このお礼は必ずするね。少し野山を走って気分転換したらすぐに帰るから。ありがとう、
「姉上の乗馬の腕は男の私以上と知ってはいますが、くれぐれもお気をつけて」
= 時は、1552年(天文21年) =
父・
平井金山城は平井詰城として築城されたお城で、自然豊かな山腹にあり、四季折々の木々や花が美しく咲き誇っている。
1552年1月、
北条の血を引く母や兄弟姉妹と共にこの城に移り住んだ時、私は16歳となっていた。
千葉一族は、
まさかこの後、謙信様が平子孫三郎、本庄繁長らに命じて上野国を攻めさせるとは、思ってもおりませんでした。
私は、真っ白な天馬に飛び乗り手綱を引いた。
今日は、父上と母上・重臣たちが平井城で行われる歌会に参列している。こんなチャンスは滅多にない。
今を逃したら、もう二度と野山をかけることなど出来ないかも知れない。
◇ ◆ ◇
「伊勢、お前も十六じゃ、もう嫁に出してもよい年頃なのに、お前という娘は……。馬になど乗らず、大人しくしていなさい」
父は、ため息をつきながら、いつも小言を言うのだ。
「器量は抜群にいい子だから引く手あまたなのに……伊勢ときたらお転婆がすぎるから、母は心配で嫁に出すことに賛成できずにいるのですよ」
あーっ、またお説教が始まった……。
こんな時は何も言わず、おしとやかに反省したふりをして聞き流すのが最善策。下手に口答えすると、説教の時間が長くなるだけだと、過去の経験からすでに学んでいる。
ある日のこと……
乳母のふくが母とこっそりと話しているのを聞いてしまった。
「甲斐国の武田信玄殿、陸奥の
「そうなのです。姫の美しさが武将達の間で伝説のように伝わっていると言うのです。伊勢は、手のつけられないお転婆なので嫁に出すのをためらっていたのですが、武将達の間では、
「伊勢姫は、確かに心優しく絶世の美女にも負けない程、お美しいですが……あの男勝りで活発な姫様が、天女ですか」乳母ふく絶句!
「これだけの名だたる武将達から所望されているのです。どなたに姫を託すかによっては、我が一族の行く末が変わるやもしれません。姫を取り合うようなことは望んではいないのですが、これほどまでに噂が広まってしまったとなっては……。いづれ近い将来、姫の思いをよそにどなたかに嫁ぐことになるでしょう。
「かしこまりました。今の姫様にこの状況をお伝えしたら、どうなることやら……。あの姫様のことですから、家を飛び出しかねません。これからは、厳重に見張り役をつけて姫様をお守りします」
「ふく、よろしく頼みましたよ」
女好きと評判の
あんな人達の側室になるなんて……。
考えただけで気が狂いそう。
「もう、いっそ死んでしまおうかしら……」
天馬を思いっきり走らせ……現実から逃げ出したかった。
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