金属の羽
今日のわたしの行動。
選択肢は二通りある。
1つは車で30分のコンビニまで歩く道筋。
コンビニ周辺まで行けばバス停がある。
コンビニには用事がないのでバスに乗ってわたしの県よりは都会であるこの県のリゾート地と宣伝されている海岸を散策するコース。
もう1つはこの隣県の一級河川であるその上流のちろちろしたせせらぎを辿る道筋。スマホで検索したら途中で脇に入った所にある小さな滝の写真が投稿されていた。
「後者だな」
わたしは半分文語体で独り言を口にする。外界に話し相手がほとんどいないわたしは口語体が苦手だ。
さっきラップでくるんだご飯を2つおにぎりに作り変え、伸縮性のあるウエストポーチに突っ込んだ。
家の鍵をかけ、せせらぎまで下り歩いて行く。
・・・・・・・・
まだ夏休みの前半。
熱線の強いおひさまが中空にあるけれども、この場所は川の水と地下の清水によって冷やされた地表の涼しさとでとても快適だ。ささやかな幸せを感じる。
さっき検索した情報によるとあと数百メートル上流に行けば滝がある。
一級河川と言いながら源流に近いこの場所の川幅はほんの小川だ。
ペースを崩さずにゆっくり歩いてその脇道を見つけた。
『クマに注意!』
という立て札が、滝の名前を書いた立て札の横に立てられていていて思わずくすっと笑ってしまった。
リアルにクマに遭遇したらこんな長閑な状態ではいられないだろうけれども。
観光客すら来ないこんな場所に立て札が立てられているのは砂防工事関係の作業員の人たちがここを通るからだ。出て行った父親もそういう工事関係の会社に勤めていたと母親が何度か言っていた。
こういう現実的な情報などまったく吹っ飛んでしまうように、その滝は幻想的だった。
落差十数メートルのかわいい滝。
水が落ちてくるところは木々に隠れて見えない。
木の枝の隙間から突然降ってくる細いまっすぐな滝のラインが丸い滝壺に吸い込まれて行く。
その静けさは砂時計の砂が落ちる様子とオーバーラップする。
滝壺は、木漏れ日が差し込んで緑をベースにした虹色だ。
「美しい」
きれい、という表現では足りないと思った。だからやはり文語がかった言葉をわたしは呟いた
「美しい・・・か」
はっ、と背後を振り返ると不思議な容姿の男の子が立っていた。
背中に金属の羽が生えている。
カースト最下層という否応無く現実離れした現実と向き合わなくてはならないわたしはその光景を否定しようとした。
でも、できなかった。
事実認識はこうだった。
「それ、自転車?」
彼は背中に極めて軽量そうなロードレーサーを担いでいたのだ。
色はメタリックブルー。
彼はわたしの質問に答える前にその自転車を自分の脇に、とっ、と置いた。
「そうだよ」
「どこから来たの?」
「コンビニのある方から。君こそどこから?」
「渡辺さんの家から」
「ああ・・・渡辺のおじいさん入院してるもんね。留守番?」
「そんなようなもの。アルバイトで」
「独りで?」
「今朝からは」
「今朝から?」
立ち話もなんだということで、滝壺の前にある岩に2人で座った。まったく見ず知らずの男の子なら別に何を話してもいいだろうとアルバイトのいきさつやわたしの学校での地位も全部話した。
「へえ。なんでそんな目に遭うの? かわいいのに」
「かわいい?」
はずみなのだろう。そういう言葉を恒常的に使う子ではないという気がする。言ってしまって彼自身しまった、という雰囲気を醸し出している。多分わたしも『かわいい』と言われたのは人生で初めてではないかと思う。親にすら言われたことないから。
気まずさを取り繕うためにわたしはウエストポーチに手を突っ込んでごそごそした。
「食べる?」
「あ、ありがと」
わたしが作ったおにぎりを2人してぼそぼそと無言で食べた。
沈黙を破ったのは彼の方だった。
「いつまでいるの?」
「え、と。アルバイトは1週間の約束だから日曜まで」
ふーん、と彼は考え込んでいる。
「明日さ、迎えに来るよ」
「え」
「海、見たくない?」
「・・・見たい」
「じゃ、行こう」
「でも、バス停まで遠いでしょ」
「これがあるよ」
そう言って自慢のロードレーサーのフレームを愛おしそうに撫でた。
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