ボーン・ドリーマー、わたし

naka-motoo

序章

目が覚めたらわたし独りだった。


最初から分かってはいたけど。


念のため、敷地内をぐるっと一回りしてみた。


二階建て木造家屋の周囲はすべて花畑。

ひまわりもあるけれどもそれはほんの一角で、あとは夏の小さき可憐な花が敷きつめられている。


花しか、いない。


不安になるのではない。

わたししかいないことに安堵したのだ。


・・・・・・・・・


ここに来たのは3日前。


高校の同じクラスの男女7人で来た。

割り切れない人数の独りはわたし。あとは男女対の三組。


ネットのバイト求人で、花の水やりの仕事を水谷美咲が見つけて来た。それにわたし以外のメンバーが乗ったのだ。

泊まり込みでという不可解な内容だったけれども隣県のこの場所に到着して事前説明がその通りだったと納得した。


周囲に家一軒ないのだ。


山奥ではないけれども里山の麓で、一番近いコンビニには車で30分かかる。

この家の家主は82歳の老爺で、白内障の手術のために先週から都市部の病院に入院している。花たちがこの老爺にとって余程大事な存在らしく、求人を出したのだ。


1週間で10万円のバイト。

受けたのは水谷美咲で、別荘への避暑感覚で残りのメンバーを誘った。広いけれども独居老人の家でもあり、寝泊まりする人数等細かいことの制限はなかった。バイト代も彼女ら6人で分け合う。


わたしは。


スクールカーストと称される組織図の最下層に位置するわたしは、家政婦としてここに呼ばれた。


別に構わない。

シングルマザーの母親との生活のお陰で家事全般をそつなくこなせるので問題はない。


ただ、三組のツガイたちがいかがわしい行為をする声と気配には生理的嫌悪を抱き、他人の家でそういうことができる感覚には精神的嫌悪を抱いた。


・・・・・・・・・・・


台所に戻ると、


『やっといて』


というメモ用紙が残っていた。

3日で彼女らはこの生活に飽きた、ということなのだろう。


まったく問題ない。


もともと水やりはわたし独りでやっていたし、食事や洗濯・風呂焚きといった6人分の家事の必要がなくなったのと、いたぶりを受けずに済むのでまるで極楽のような心地だ。


わたしは隠していたスマホを取り出し、ブルートゥースのスピーカーにコネクトする。


ニック・ロウの、『Born Fighter』を大音量で鳴らした。

曲に合わせてフライパンをガスレンジに乗せて油を熱し、適温になるまでの間に冷蔵庫からハムと卵を取り出す。

ジャッ、ハムが音を立てたのを合図に卵を割ってするっと乗せた。鍋の蓋をフライパンにかぶせる。

昨日の残りの味噌汁を電子レンジで温め、きゅうりとシラスで酢の物を作った。

彼女らのために炊き上げておいたご飯をラップで適量に包みわけて自分の分だけお茶碗につけた。


独りだけの朝食。


『Born Fighter』をリピートする。

この曲はずっと昔のイギリスの曲だ。

途中で入るブルースハープとギターのソロが耳に残って離れない。

なぜこんな昔の曲をわたしが知っているかというと、3歳の時に家を出て行った父親が車でいつも聴いていたからだ。


父親の顔なんか覚えていないけれども、3歳のわたしの耳はこの曲をしっかりと覚えていた。


父親が好きだった訳ではない。

わたしは純粋にこの曲が好きなのだ。


朝食を終えて洗い物をしながらわたしは考えていた。


さあ、今日は何をしようか。

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