第十五話
黒と白が渦を巻いて混ざり合う。
私の疑念、困惑、嫌悪と怒り。
そして、期待、憧憬、かすかなつながりを捕まえておこうとする執着。
私の胸の中で黒と白が渦を巻く。
腹の底で火が黒く燃え上がる。
火にあおられ、焦がされて、黒は勢いを増して、白をあっという間に呑み込んでしまう。
そうして、私の胸も真っ黒になってしまえばいいのに。
いっそ真っ黒になってしまえば、何にも迷うことも苦しむこともないのに――。
ぱちり、と薪のはぜる音に、私ははっと我に返った。
手元の鍋がぐつぐつと音を立てて煮立っている。
私は慌ててかまどの火から鍋を上げた。
すっかり煮立ってしまった黒いチヨコレイトに、さじを差し入れて一口味見をしてみた。
とろりと熱いチヨコレイトは、砂糖の甘さよりも生姜の刺すような辛みが舌に残る。
失敗した。
私は自分のうかつさに溜息をつく。
生姜の味を和らげるには、砂糖を足すべきか牛乳を増やすべきか思案しながら、私は鍋をかき回した。
火を使っているときに考え事をするなんて。
材料だって安い物ばかりではないのに。
いや、お金を出しているのは私ではないから、そんなこと気にしてやる必要はないだろうけど。
そもそも、料理中にまでつい考え込んでしまうことがあるのがいけない。
そう、私を悩ませることがあるのが悪い――。
「ユメ?」
そんなことをまた考え込んでしまったところへ、不意に仕切り戸から男が顔をのぞかせたので、私は飛び上がるほどびっくりしてしまった。
「おはようございます、ユメ」
「おはようございます……」
今朝もきちんと身支度を調えた姿で男は現れた。
食堂で待っていればいいものを、男は気軽な様子で台所に入ってくるので私は慌てて言った。
「申しわけありません。
すぐに朝食の支度ができますので、もう少しお待ちください」
「ああ、急がなくていいんですよ。
ちょっと様子を見に来ただけですから」
言って、男はチヨコレイトの鍋をのぞき込む。
そして、私が止める間もなく、置きっ放しにしてあったさじを取って勝手に味見をしてしまった。
一口なめて、男はふっと視線を宙に浮かせて黙り込んだ。
「申しわけありません!
あの、それ、今朝は失敗してしまって」
「それは珍しい。ユメも料理を失敗することがあるんですね」
笑いを含んで言われた台詞に、私は胃の腑がチリ、と焼けるのを感じた。
あなたのせいでしょうが。
思った言葉は呑み込んで、私は鍋を手元に引き寄せて言った。
「すみません。最初から全部作り直しますから」
「いえ、そのままでいいですよ」
「でも……」
「そうですね、ミルクを足して少し薄めましょうか。
大丈夫、体が温まっていいでしょう」
そう言って、男は食堂へと戻っていった。
私はその後ろ姿を立ちすくんで見送った。
気を遣われた。
そのことが、何かとても恥ずかしいことのような、情けないことのような気がしていたたまれなかった。
私は熱い鍋の中に向かってそっと溜息をついた。
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