第十四話
「チヨは幼い頃に両親を亡くして、オサナミ氏に育てられたそうです。
オサナミ氏が唯一の親戚だとか。
彼はチヨのことを、実の娘のように大切にしていました。
彼の配慮で、日本での滞在が不自由ないように、チヨが世話役としてきてくれたのです」
「…………」
「あなたもオサナミ氏のところにいたのでしたね。
何か、チヨについて知っていることはありませんか?」
答えられない。
答えたくない。
今は、まだ。
私は口を引き結び、無言で首を横に振った。
真っ直ぐに見つめてくる男の目。
何かを探り出そうとしているその目を、挑むように見返して。
きっと男は何かを察しているんだろう。
だからこんな、回りくどく探りを入れて、そして不意の問いかけで私の油断を突こうとしている。
思い出の写真なんか、思わせぶりに取り出して見せて。
私の口からしゃべらせようとしている。
私がどうしてここに来たのか。
私がここで何をしようとしているのか。
私が、何者なのか。
それでも、男が無理に私にしゃべらせようとしないのはなぜだろう。
今になって、私の心にふと疑問が生まれていた。
まるで、知っているようだ。
私の口を開かせても、私の心を開かせることはできないと。
待っているのだろうか、私が心を開いて、自分から全てを打ち明けるのを。
だとしたら、男の私に対することさら優しげな態度も、そのためなのだろうか。
そうしていれば、私がなついて心を開くと思っているのだろうか。
野良猫を手なずけるように、私のことを懐柔しようとでもしているのだろうか。
そうなのだとしたら。
私はきっと、堅く心を引き締めた。
その手には乗るものか。
あなたが私を見極めるのじゃない。
私があなたを見極めるために、ここにいるのだから。
無言のまま、しばらく私たちは視線を対峙させていた。
男の青い瞳が、私の目の、その奥を見通そうとするかのように見つめてくる。
その視線を、私は硬化した心を盾にして、強く真っ直ぐに見返してやった。
こそりとも音の立たない静けさの中、随分長い間そうしていたような気がする。
が、ややあって、男の方があきらめた様子で視線をそらし、無言のまま写真立てを上着の隠しにしまってしまった。
その様子を見ながら、私の胸にまたじわり、とにじんでくるものがあった。
こんな写真を持っていたなんて。
十五年。
その間、忘れていなかったとでも言うのだろうか。
日本から出て行って、遠く海の向こうの国に帰ってしまっていた間、この人が何を考え、何を思い、どう過ごしていたかを私は何も知らない。
十五年。
異国での束の間の暮らしを忘れ去ってしまうには、十分な年月だと思う。
けれど、この男は忘れずにいた。
だったら、どうして今まで日本に戻ってこなかったの?
どうして今になって戻ってきたの?
どうして、その写真を後生大事に持っていたの?
あなたは、あの
心の中で、天秤がくらりと頼りなげに揺れた。
ひどい気まぐれ、高慢な遊戯に、あなたは私たちを振り回しているだけなの――?
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