第三話


   


 この衝撃のおかげで、私は我に返って男を改めて見返すことができた。

 

 きれいになでつけた金髪に、ビードロのような青い瞳。

 年は三十七歳だと聞いていたけれど、実際目の前にいる男はその年よりずっと上に見えた。

 理知的なその英国紳士の顔は、どことなく神経質そうな、気難しげな印象。

 そう見えるのは感情がわかりにくそうな顔つきと、体つきがやせているせいだろうか。

 細い体のために、目の前に立たれても威圧的な感じはなかった。

 ただ、長身から見下ろされるのはおもしろくない。

 いかにも上等な服を着こなしているのがまた嫌味で、私は自分の、色あせた小袖と櫛もさしていない束髪という地味な形が、この男の目に滑稽に映っているのではないかと勘ぐった。


 ――彼は気のいい青年でしたよ。


 私の耳に、穏やかにそう言う声がよみがえった。


 ――感性の豊かな、気性の優しい青年でした。会えば、きっとお前にもわかるでしょう。


 確かに、私の後見人をしてくれているその人はそう言った。


 ――初めて会う人に、あまり先入観や思い込みを持って接してはいけませんよ。


 温厚な口調でそう諭されたことが思い出される。

 私を養ってくれた恩人の言葉だから、素直に聞き入れたいとは思う。

 けれど。


 十五年。

 十五年経っているのだ。


 それだけの時間があれば、人はどうやっても変わってしまうものなんじゃないだろうか。

 その人の姿も人となりも、心の中の感情も。

 それが現実なのではないだろうか。

 私の目は、この男を素直に見られない。


 無言でいる私に向かって、男が一歩踏み出してくる。

 私はとっさに身を引いて、しかし目はしっかりと男の顔を見据えたまま言った。


「イズ・ディス・ミスター・バースズ・ハウス?」


 せいぜいつたない英語を装って言ってやると、男は伸ばしかけた手を止めた。

 私のかみつくような勢いに驚いてか、男はまじまじと私の顔をぶしつけなほどに見つめてくる。

 私はその何かを探るような目つきを、ほとんどにらみつけるように見返した。

 私はあなたの言う「チヨ」じゃない。

 そう心の中で訴えながら。


 その私の心の声が聞こえたわけではないだろうが、ややあって男はあきらめたような無表情となった。

 そして、今度は不審げな目つきで、どこから来たとも知れない田舎娘となった私を見る。

 私はもう一度、男に向かって尋ねた。


「ミスター・バース?」

「どうぞ日本語で話してください、お嬢さん」


 流暢な日本語。

 外国人の男の口が達者な日本語を話すのを聞いて、私の頬がかっと熱くなった。

 この男が日本語をよく勉強していたということも聞いてはいたけれど、実際によどみなく日本語を話している様子を目にすると、まず驚きが先に立つ。

 男はそんな私の顔を落ち着いた眼差しで見つめながら、


「僕がウィリアム・バースです。

この家は正確には僕の持ち物ではありませんが、日本での滞在のために使っています。

それで、あなたはどなたでしょう? 僕にどんな用事ですか」


 と、至極丁寧な話し方で尋ねてきた。


 私は深く息を吸い込む。

 男の質問の前半は無視して、後半にだけ吐き出す息をたたきつけるように答えた。

 男の要望通りに日本語で。


「雇ってください」

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