『リン酸コデインの雪と遠浅の夜海』
目が覚めると私は夜の海の中にいた。
海水が波と共に私の足首にぶつかりチャプチャプという音をたてる。
どうやら遠浅の海のようで浜辺は見えず月も星もかかっていない。
だが真っ暗闇ということはなかった。
空からふわふわとした粉雪が待っていて、両の掌を広げるとフワリ落ちてくる。
冷たくない。 そして溶けない。
右手の人差し指で軽くそれを押すとサクりという感触と共に潰れた。
ああこれは雪ではない。 粉だ。
粉状の何かなのだ。
思った私は指先についた白いそれを口の中に入れて、慎重に舌で触れてみた。
瞬間、舌先に激しい苦味と唾液に溶けた粉のドロリとした感覚を感じる。
これはなんだろう? だが私はそれをしっている。
確信にも似た思考はボンヤリとする頭の中で雷鳴のように一つの言葉を脳みそに叩きつける。
『リン酸コデインの雪と遠浅の夜海へ』
ああそういえばそうだな。
不思議に納得した私の頭の上でリン酸コデインの粉末はハラリハラリと落ちていく。
手でかるく払うと白状の霧にも似た靄が目の前で広がり、すぐに闇にとけていった。
寝てしまったのか。 ここは夢の世界なのだなと気がついた私はその場に座り込む。
浅い海の水はほのかに暖かくて心地よい。
気分を良くした私は両足を伸ばし、頭を後ろ側に上げた。
すると夜空にはいつの間にか大きな満月がかかっていて、トーチライトのような明るさで世界を照らしていた。
空からは相変わらずリン酸コデインが降ってくる。
月光の光を受けてキラキラと海に落ちていく。
それらを見あげながら私はいつ目が覚めるのかなと一人言を呟いていた。
ふとその瞬間、世界が暗転した。
僅かな頭痛とクラクラとした酩酊感
と共に埃臭い布団の中に私はいた。
薄暗がりの部屋の中は雑然としていて布団の横にあるテーブルには酸化臭を放つ皿が置いてある。
開け放した窓からは真ん丸い月が見え、その間を小さなでも複数の羽虫が飛んでいた。
ふと物悲しくなる。
あの何もない世界の方がなんと美しく落ち着ける空間に思えた。
この場所には様々な物がある。 だが誰も私の心を落ち着かせてくれるものはない。
ふと枕元に転がっている瓶に額が当たった。
中途半端に閉めた蓋の隙間からは甘ったるいシロップの香りがする。
それを鼻先に近づけ、私はまた目を瞑る。
この汚らしく雑然とした悪夢から逃れるために。
どうかもう一度あの場所へと連れ出してほしい。
まどろむような目眩と共にこの悪夢からの逃避を願って。
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