『龍と馬と老人』
こんな夢を見た。
そこは市場だった。 石で作られた壁に囲まれ、空は青く澄み渡っている。
たくさんの人々で賑わうその場所の一画で私は某作家に似た老人に迫られていた。
「やらせろよ、やらせろよ、やらせろよ」
白い頭髪とは対照的な血走った目で私の手を、そのシワが寄った弱々しい指とは対照的な熱く強い力だ。
そんな趣味などない私は怖気を感じながら、必死で断っていた。
やせ細った老人とは思えない膂力、何なんなんだよ! このジジイ!
これでもしつこいならぶん殴ろうと思い、渾身の力で振り払うとさすがにこちらが本気だとさとったのか一歩下がって粘着質な目つきで睨んできた。
「そうか……ここまで頼んでもやらせんのか」
恨めしそうに睨む自分勝手な老人の言い分に半分ビビリながらも睨み返す。
「ああ、俺にはそんな趣味は無いんだよ!」
怒気を孕んだ罵声は市場の活気には勝てることはできず、老人と俺との間を人々が縫うように通り過ぎていく。
「ならば仕方あるまい……無理やりさらうのみよ!」
枯れ枝のような腕を空へと伸ばす老人の手にはいつの間にか一本の杖が握られていた。
杖が赤く光り、そこを中心にして円形のサークルが浮かび上がる。
その中心には読むことのできない言語が何かのモニュメントのように描かれ、そしてそこから何かが出てきようとしている。
瞬間、俺は走り出した。
老人がやろうとしていることはわからない。
だがそこからすぐにでも離れなければいけない衝動にかられたのだ。
そしてそれが正しかったことを確信した。
市場の中を一目散に走りぬけながら、後ろを振り返る。
そこには赤黒く大きな翼をバッサバッサと揺らしたトカゲのような生物がいた。
「ど……龍ドラゴン……だと」
赤銅色に染まり、メタリックに光る肌をなびかせて龍ドラゴンは青空を縦横に飛び回る。
そこまで来たところで市場の人々がこの異形な存在に気づき、誰かが悲鳴を上げたところで全員がその場から逃走しはじめた。
しめた! 周囲は上へ下へと騒いでいてこの状況ならばあの竜を召喚した老人も俺を見つけ出すことは難しいだろう。
とにかくこのまま避難民の流れに乗って早くこの場所から離れるとしよう。
老人に掘られることも、龍ドラゴンに食われることもごめんだ。
まるで波に飲まれたときのように流れに逆らわず、誰もが目指す石壁に囲まれた世界を隔てる出口へと急ぎ、でも慎重に向かう。
そのときに後ろから何か音がする。
同時にそれとは別の鈍く大きな音が自身の右を掠めて前方へと移動したのを感じた。
例の龍ドラゴンか! あわてて頭を下げて隠れようとするが、周囲からのどよめきに思わずそちらを見てしまう。
……それは若い男だった。 しかし生きてはいなかった。
なぜなら生きているのならありえない角度で手足は曲がり、かつて瞳のあったところからは腐りかけた果物のように目玉がぶらさがっている。
例の怪物にやられたのか?
後ろを振りかえると龍ドラゴンはまだ俺を見つけることが出来ていないのか逆側の出口の上空をゆっくりと旋回している。
違うのか? それじゃ一体なにが……?
瞬間、目の前が暗くなる。
否、視界がふさがれたの間違いだった。
衝撃によって吹っ飛ばされ、周囲の人々の『肉の壁』によって怪我はせずにすんだが、降り注いできた人物は『物体』に成り下がっていた。
獣のいななきが聞こえる。
同時に蹄が石畳の上を駆けてくる音も……。
「や〜ら〜せ〜ろ〜」
粘りつくような声を響かせながら、老人が馬に乗ってこちらへと向かってくる。
「う、うおおおお!」
悲鳴とも怒声ともつかない大声が口から飛び出してくる。
そして老人に背中を向け、出口へと逃げ出す。
あるのは恐怖だけだった。
老人のその執念も、地獄の亡者のような形相も、そして龍ドラゴンの咆哮と距離を縮めてくる蹄の音。
それらすべてが一つの塊のように俺の心に押し寄せて恐怖一色に塗りつぶしていく。
もはや声も出ない。 ただただこの恐ろしい現実から逃げ出したくてしょうがない。
足の筋肉がビキビキと悲鳴をあげても、心臓が破裂しそうでも、矛盾しているようだが、たとえ死んだとしても逃れたい!
しかし蹄の音も老人の声もどんどん近くに聞こえてくる。
どだい人間が馬の足に勝てるわけが無い。
たとえ自分が居人になったとしても振り切ることは難しいだろう。
すぐ後ろからは老人を乗せた馬の蹄にしわがれた声、そして龍ドラゴンの鳴き声が迫る。
ああ……龍と……馬が来る。 龍、馬が……来る。 龍馬が来る!
このままではあの世に逝く! 龍馬が俺を連れて行く。
……龍馬が……逝く!
「うあっあああああ!」
自分自身の声で目が覚めた。
あわてて周囲を見渡すと、多少散らかっているがいつもの俺の部屋だった。
そうか……夢か……。
ほっとした後にブルリと震えが来る。
最近はこんな夢ばかりだ……。
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