第5話 ピクニック

結局とろとろと寝ぼけ眼で準備をしたキリのせいで出発は1時間後だった。

私とキリの手をしっかり握ってご機嫌に歩く倫。遊園地の時はキリに握られた左手が強張っていたのに、今は振り回すほどだ。

公園までは徒歩10分ほど。家族づれで賑わう小さな公園のベンチを陣取った。キリと私の間に倫が座り、私の膝の上で広げられたバスケットの中身に倫が歓声をあげた。みっしりと詰められたサンドイッチ。その中にトマトを見つけると、キリがあからさまに眉を下げた。

「子供の前で好き嫌いはよしてちょうだいね」

しっかりと釘をさすと、キリの顔がますます歪んだ。

倫がいただきます! と声をあげ、トマトの入ったサンドイッチを二つ取ると、一つをキリに差し出した。

キリも倫には弱い。

満点の笑顔で差し出されたサンドイッチを齧ったキリは、やっぱりトマトの感触にうめき声をあげていた。

「次はこっちをあげなさい」

倫に余分に作っておいたトマト抜きのサンドイッチを手渡す。

「好き嫌いはだめじゃないの?」

「トマト頑張って食べれたご褒美、かな」

「キリ、よかったの」

「……ありがとう」

まだ顔をしかめていたキリは、苦笑いを浮かべながら倫からトマト抜きのご褒美を受け取った。


遊具で遊んでくるの! と倫がベンチから飛び出した。

残されたサンドイッチを、キリと私はブランコで遊ぶ倫を眺めながら平らげた。

「倫、楽しそう」

「ああ」

「ありがとうね、付き合ってくれて」

「構わない。私もいい気晴らしになる」

あれだけ起きなかったくせに、という皮肉は言わないでおく。

ぼんやりと貴重な冬の陽気に身を浸していると、それに浮かされたのか、キリがぼんやりと呟いた。

「この生活を始めてからたまに思う。家族って、こんな感じだろうかと」

「……キリ」

「偽物だが」

「……私は、キリと家族になってもいいって思ってるよ」

「まさか、言ってる意味が分かってるのか?」

キリがはっ、と乾いた息を漏らす。

「本気だよ。こんな話、変な話だけど……正直、キリとこう、夫婦みたいな? いや、セックスとかは考えらんないけど……夫といる時と同じ安らぎは感じてる。ハグかキスくらいならできるよ、しよっか?」

キリが目を見開いた。そうだよね? キリって私のこと、好きなんだよね? ここでは無理だけど……家で、こっそり、なら。

しかし、キリは私が予想していた反応とはまるで違う言葉を投げた。

「よしてくれ。いいか、君のそれは好意でも恋慕でもなんでもない。この同居生活で生まれた情け同情にすぎない。家族と、愛する夫婦関係は違う。キスなんかお情けでされてみろ、余計に惨めになるだけだ」

「……そんなつもりじゃ、ないけど」

「君がそんなつもりで言った訳じゃないのもわかってる。だから辛いんだ」

キリと私の間に、重苦しい雰囲気が流れた。迂闊だった。キリの私に対する思慕は、思いの外、深くて暗くて、そして、愛されることを諦めている。

そして、私自身なんとなく、ほだされるようにして同情のもと、軽いことを言った。それは反省すべきことだ。余計にキリを傷つけた。

私たちは、扶養関係。恋人や夫婦でもなんでもない。でも、だけど、私が言いたかったのはそれだけじゃない。

——キリのことを、大切な家族だって思うのは、いけないこと?

ジャングルジムの一番上から、大きな声が聞こえた。

「ママ! キリ!」

爛々とした笑顔で倫がこちらに手を振っていた。

キリも私も大人だ。重かった表情を、笑顔に引き戻して、手を振り返した。

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