第5話 清く正しくないマッサージ


「……店長……店長」

 体を揺すられアンマは目を覚ました。

 頭の芯が重く気分が悪かった。

 目を開くとあかりがのぞきこんでいた。

 あかりの表情には苛立ちがあった。

「……えっと……」

 だがアンマはまだ寝ぼけていた。

 腕をとられて無理矢理引き起こされるとそこは『マッスル庵』の待合いにあるソファだった。

「うっぷ、酒臭い!」

 あかりが露骨に顔をそむける。

「ああ、きのう同窓会で……」

 アンマの記憶がやや蘇るがなぜ店で寝ているのかわからない。

 家に帰るほうが近いのだが宴会の途中から記憶がとんでいた。


「それよりこっちこっち!」

 あかりが控え室のカーテンを開けて手招きする。

 アンマがくらくらする頭をかかえながらカーテンをくぐると二本の艶めかしい脚がとびこんできた。

 待機用のローソファで女性が予備の毛布にくるまっているのだが寝乱れて下着まで丸見えだった。というかそもそもスカート自体がありえないほど短い。そこからモデルのように長い脚が伸びていた。

 あかりがアンマの二の腕をぐっと掴んだ。

「誰?」

 詰問するように鋭く問いかけてきた。

「さあ……」

 ひるみながら回想するがアンマのメモリーは空っぽだった。

 気配に気づいたのか女性がもぞもぞと起き上がった。

 かなり若くてきれいな顔立ちをしていた。

「オハヨざいます」

 挨拶はたどたどしい日本語だった。



 スーリン名乗った女は中国人でアンマに雇われたと言った。

 あかりの視線がとげとげしい。

(おいらはどこでこの中国娘を拾ってきたのだろう?)

 そこで閃くように同窓生の友人に引っ張られる光景が再生された。

「あっ、『猫ニャンニャン』」

 駅前にある怪しげな中国マッサージ店に強引に誘われのだ。

 つまり、どうやらそこからアンマがスカウトしてきたらしい。

 記憶がもどりホッとするアンマとは対照的にあかりの態度は冷たい。

「技術チェックしましょう」

 確かにそれは必要なことではあるし、実際アンマもそのあたりの経緯がごっそり抜けていたので拒否することはできなかった。

「じゃちょっと揉んでもらおうかな」

 アンマは気楽にベッドに上がったがスーリンの次の言葉に凍りついてしまった。


「脱ぐデスカ脱がすデスカ?」

 ミニのワンピースの胸元のボタンに手をかけるスーリンがいた。


「そ、そのままで……!」

 アンマの声が裏返る。

 あかりの表情を見るのが怖かったがちらりと確認してみる。

 アンマはわかってしまった、笑い目の人が怒ると目が三角になってしまうということを。


 さらにうつ伏せに寝ようとしたアンマをスーリンは仰向けにさせた。

 もう悪い予感しかしなかった。


 そしてやはりスーリンもベッドに上がろうと長い脚をかけた。

 あかりの顔は怒りに赤く染まり爆発寸前だった。一方アンマは青ざめ寒気に震えあがっていた。

「ちょっ……と」

 アンマがストップをかけようとした時ドアベルがカランコロンと場違いなほど軽やかな音をたてた。


 訪問者はコング石川だった。

「おっ、さっそくやってるね」

 石川は魔王の牙のような八重歯を剥き出してニッと笑った。

 そして懐から警察手帳を取り出した。

「警察だ。そのまま、そのまま動くな」



「って……昨夜やったんだけど覚えてない?」

 呆れたように石川が苦笑する。

「いや全く記憶にございません」

 やれやれといったふうに石川が首を振る。

 石川は生活安全課の刑事だった。

「風俗営業法違反で踏み込んだらアンマ店長がいたんで驚いたよ」

「す、すんません」

 風営法と聞いてアンマは生きた心地がしなかった。やっぱり恥ずかしい行為をしていたのだろうか。あかりはもはや無表情だ。


「なんとアンマ店長がその娘を揉んでいたんだ「清く正しいマッサージを教えてやる」って言ってね」

 石川は豪快に笑った。

 アンマは脱力してずっこけそうだった。


「不法滞在者や無許可営業、脱税、消防法違反諸々とかあってとりあえず営業停止」

 石川はスーリンを一瞥いちべつして続けた。

「さらに住居としては貸していないと大家さんはカンカンに怒って従業員を追い出したわけだ」

「それをおいらが面倒みると連れて行ったと……」

「そう、この娘は在留資格はあるけど心配して俺が見に来たんだ。助かったろ?」

「はい?」

 小さくなって答える。そんな大事おおごとなのにアンマは情けないほど覚えていなかったのだから。

 アンマはあらためてスーリンに向き直った。

「指を見せて」

 スーリンの指は細長く親指がり指だった。90度曲がるしなやかな関節だ。

「気持ち良さそうな指ね」

 あかりのが羨ましそうに呟いた。あかりの指は固く突き刺さるのだ。


「雑技団にいたそうだから柔軟なのかね」

 石川が通訳の残したメモに目を落とした。

「雑技団」

 それを聞いたアンマの目が輝く。

「アンマ店長それ昨日の夜と同じ展開だぞ」

「へっ、そう?」

 アンマは記憶にない自分の言動をなぞることでスーリンを連れてきた理由に思い当たった。

「あかりさん、この娘は使い物になると思う。任せて」

 アンマは胸を張った。









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