精霊使いの日常

川で水を少し汲み、落ちている木の枝を少しばかり拾って簡易に組み、その上に水の入った器を置く。


すると、水色の光の玉がヒュンヒュンとその周りを飛ぶ。


「いや、何もかも精霊の力を借りるわけにはいかないよ」


そう言って微笑むと、青い光の玉は俺の顔の周りを2周して、そして、フッと消えた。


「そうやって、すぐ拗ねても駄目なものは駄目」


水の精霊に小言を零してから、柏手を1発打つ。


「君は逆に、ちょいと起きておくれ」


そう投げかけると、柏手を打った手の間から、今度は赤色の光の玉が出て来た。


「よしよし、良い子だ」


そのまま、一呼吸おき----


「コンリューブティ《おいで》」


精霊を顕現させる言葉を放つ。


精霊語とも呼ばれるこれは、精霊と交感できる才能を持った人間にしか理解できないものだ。


この言葉がどういう意味を持ち、どのように発音し、どのような想いをのせるのか。


それがわかる才能を持った人間を「精霊使い」と呼ぶ。


そんな「精霊使い」の1人が、この俺だ。


俺の言葉に呼応して、その姿を顕現した精霊は、ちょこんと俺の肩に腰を下ろした。


掌ほどの大きさの人型である精霊は、本来は光の玉の姿でこの世とこの世でない世界を揺らいでいる。


人型になるのは、人間が顕現の言葉を届けたからであり、これが犬だったならば、精霊は犬の形になるだろう。


「起きて早々悪いけど、ちょっと火をつけたいんだ。力を貸しておくれ」


俺の言葉に、眠そうに目をこすりながらもコクリと頷く火の精霊。


すると、またもやどこからか水色の光の玉が飛んで来て、頭の周りをヒュンヒュン飛ぶ。


「火はしょーがないの」


そうやって言い訳しながら、精霊語を放つ。


「ギヴオール・マ・ヨルフィウスティン《残り火のかけらを分けておくれ》」


そう語ると、ボウッと火の精霊の体が輝き、次の瞬間に精霊が手をかざすと、簡易に組んだ木の枝にボッと火が付いた。


精霊は満足そうに目を細め頷いている。


「ありがとう。持っていってくれ」


俺も満足だったので、感謝を述べ対価を払う。


精霊の権能に払う対価は、主に生命力である。


活力とでも呼ぶべきだろうか。


使いすぎても死ぬことはほとんどないが、使い過ぎれば元気がなくなる。


払い方は、精霊が俺の肌に直接触れればそれでよい。


なので、普段は頬に手をつけて持っていくのだが、なぜか今日は違くて。


チュッと優しい感触が額にあった。


よく見なくてもわかる。


火の精霊が、俺の額にキスをして、そして対価を持っていったのだ。


額をおさえてびっくりする俺を見て、クスクス笑う火の精霊。


なぜそんなことをしたのか、すぐに俺の額に突撃して来た青い光の玉を見て分かった。


「あいた。ちょ、やめてくれよ」


コツンコツンと何度もぶつかってくる青い光の玉をよそに、ニヨニヨと気持ちの悪い笑みを残して火の精霊は消えていった。


「ちょ!こんな状態で置いてかないで欲しいんだが!」


俺の言葉も虚しく、ひたすら額をノックされ続ける。


「わ、分かった。分かりましたよ。ちょいとまってよ、もう」


そう言って小さくため息をつく。


どうやら、直接謝らないと駄目らしい。


「レリッサ《来てください》」


顕現の言葉は精霊によって違う。


名前のようなものだからなのだと、俺は何となく理解していた。


「そんなに怒らないでくれよ」


顔の前で掌を空に向け、精霊をのせる。


水の精霊は、プクッと頬を膨らませてそっぽを向いている。


それでも俺の掌にのってくれることに、少し可笑しくなって、その姿が愛らしくて、クスッと笑みをこぼした。


「なんだ、のってくれるんじゃないか」


そう語りかけると、水の精霊はハッとしたように目を見開き、今度は顔を真っ赤にして涙ぐみ、手をギュッと握って、フルフルと震えながら、こちらを睨んできた。


「わっと、本当にごめんって。君をいじめるつもりはなかったんだよ」


少々おふざけがすぎたかなと反省しながら、水の精霊の長い髪を撫でる。


水の精霊は肌の色以外、何でもかんでも青い色をした女性体だ。


その体をこれまた青い半透明なベールのような服で包んでいる。


その青の美しさに目を奪われながら、掌にのってふくれっ面で怒っている彼女に許しを乞う。


「どうすれば、君と仲直りできるんだい?」


俺の問いかけに、我が意を得たりとばかり踏ん反り返る。


そして、水の精霊は自分の耳をトントンと叩いた。


----耳を貸せと言う事だろうか?


そう思い、耳を水の精霊に向ける。


すると、次の瞬間に、頬に柔らかな感触が伝わってきた。


驚いて彼女を見ると、クスクスと口を押さえて笑っている。


いたずらが成功した子供のように笑うものだから、自分の中の悪戯心が顔をのぞかせた。


そのまま、無言で水の精霊を見続ける。


見続けて、見続けた。


すると、笑うのをやめて、今度はほんのりと頬と耳を赤らめながらモジモジし始めた。


それでも、なお、見る。


ジッと、水の精霊を見続ける。


すると、胸の前で力強く手を組んで、瞳を閉じた。


よく見ると、少し顔を突き出すように前のめりになっている。


そこで俺は我慢が出来なくなって吹き出した。


あまりにも水の精霊の一挙手一投足が愛らしかったからだ。


ひとしきりクックッと笑い、目元の涙を拭って水の精霊に詫びる。


「いや、ごめんごめん。あまりにも君が可愛らしいから----」


そこで、そこまできて、ようやく、俺は気付いた。


怒ってる。


怒っていらっしゃる。


「あ、ほんとにごめんなさババババババババババ」


俺は顔面にしこたま水の塊を食らって水死しそうになりながら、今日の出来事の教訓を胸に刻んだ。


精霊を、からかいすぎてはならない----

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