ファンタジー・1シーン集

@jub

勇者の最後

ゆっくりと丘の頂を目指して歩いていく。


体にいくつもの穴を開け、至る所が灼け爛れ、無数の切創を刻まれていても、なお。


ゆっくりと、ゆっくりと歩を進めていく。


かつて仲間として命を賭けて共に戦った者たちは、こちらへの攻撃の手を止め、静かに見守っている。


「そうだ・・・最初から・・・言ってるじゃ・・・ないか。僕は・・・ただ・・・」


勇者の通ってきたと思われる道には戦闘の跡が残っている。


それでも、その道に1つ足りとも死体がないのは、勇者が全く反撃しなかった証左に他ならない。


「あなたは、あなたは何故、そうまでして、そこに?」


そう問うたのは仲間の誰なのだろうか。


少しずつ、身体の感覚が死んでいっているためか、誰の声なのか聞き分けることが出来なかった。


その事に、いよいよだめかと諦観しつつ、歩みを止めない。


少しずつでも、前へ。


あの場所へ。


「その・・・理由は・・・何度も何度も・・・説明・・・したじゃあないか」


かつて、魔王と呼ばれた存在と互いの命を削りあった場所。


血と汗と涙とか綺麗なものだけじゃなく、その他諸々の何かも染み込んだ、呪われた地。


魔王が何故こんな所に本拠を置いたのか、一目見たときから本能で理解できた。


あと、5歩。


頂まで、もう少し。


ゲボッと口から血を吐き出した。


それを拭う事をせず、ただ前へと歩いていく。


「もう、もうやめてよ!!本当に死んじゃうよ!?」


何を言っているのだろうか。


そんな事はとうにわかっている事じゃないか。


そうなるようにしたのは、皆じゃないか。


そう言葉にすることも出来ず、前だけ目指し、歩を進める。


あと、3歩。


そんなところで、足を滑らした。


あっ、と思う間も無く、霞む視界が急転していく。


しかし、急転する視界が突如として安定する。


横から支えられていると気づいたのは、横に感じる暖かさのため。


「ちっ、本当に、本当にお前は、お前ってやつは、最後まで、本当に・・・馬鹿野郎!!」


おい。


そんなに泣くなよ。


イケメンが台無しじゃないか。


それに、泣いたって、お前が、お前達が、俺をこうしたんじゃないか。


でも、ありがとう。


手を貸してくれて、ありがとう。


「理由・・・こ・・こ・・に・・・来たい・・・り・・・由・・・は・・・」


辿り着いた。


その丘の、頂に。


いつの間にか、かつての仲間達が僕を取り囲んでいる。


皆、一様に涙を流し、悔いるような表情で僕を見ている。


違う。


違うよ。


僕が見たかったのはそんなものじゃない。


だからどいてくれ。


そこをどいてくれ。


「あり・・・が・・と・・う。どい・・て・・くれ」


手を貸してくれた事に感謝を。


頂に剣を突き刺す。


それに背を預けて座り、ゆっくりと息を吐く。


そうして、ようやく。


仲間達がどいたことによって開けた世界を見る。


夢にまで見た、この呪われた地を見た。


「あぁ・・・」


ゆっくりと、残りの命の火を吐ききった。


残った僅かな灰が吹き飛ぶまでの僅かな時間。


その時間で魂にこの景色を刻み込む。


「ほん・・・とう・・・に・・・美し・・・い・・・」


頬を温かいものがつたう。


それに残りの灰を混ぜて、流しきる。


最後に。


僕の人生が良いものであったと。


この景色を見れて。


やっと。


思うことができた----

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