　実際に五次元宇宙内における知的生命体の科学技術が怎麼生（そもさん）発達しているか揣（し）摩（ま）憶（おく）測（そく）できない。無論此（こ）方（ちら）の宇宙において半径一千億光年規模の宇宙を熱力学的に殲（せん）滅（めつ）する技術が発達しているのだから因（いん）陀（だ）羅（ら）網（もう）の時空連続体の概念を凌（りよう）駕（が）する五次元宇宙ではさらに進歩しているだろう。半径四百六十億光年の宇宙を廼（ない）時（じ）に崩壊させること抔（など）児戯にひとしい彇（はず）だ。と雖（いえど）も相手の目的はおそらく電脳空間のサーバーの物理的領域確保である。此（こ）方（ちら）の宇宙全（ぜん）軆（たい）を澌（し）尽（じん）灰（かい）滅（めつ）させるとはおもえない。蓋（がい）然（ぜん）性（せい）としては此（こ）方（ちら）の宇宙の知的生命体畢（ひつ）竟（きよう）巨億の人類を鯤（こん）鵬（ほう）たる地球ごと熄（そく）滅（めつ）してサーバーの物理領域を確保することを目的としているのだろう。現状維持では九割方〈九分後に人類は絶滅する〉のだ。黯（あん）黮（たん）たる沈黙に支配された〈研究所〉の入口に彳（てき）亍（ちよく）して十秒以内に指（し）嗾（そう）した。いわく〈どこでもドアを実戦使用する〉と。同様に沈黙しながらも〈研究所〉内に静寂のさざめきがひびく。須（しゆ）臾（ゆ）もなくひとりの所員が発言する。〈どこでもドアは使用可能ですが四次元宇宙から二次元宇宙へのアインシュタイン-ローゼンブリッジの開放のための二次元宇宙内の知性軆モデルの計算が終了していませんこのままどこでもドアを開放するとアインシュタイン-ローゼンブリッジが二次元宇宙内でシュヴァルツシルト解に逢（ほう）着（ちやく）し二次元宇宙全域が崩壊しかねません〉と。慥（たしか）にそうだ。玉（たま）響（ゆら）踟（ち）蹰（ちゆう）した。子供たちだけじゃない。おおきなおともだちだって未（み）来（らい）永（えい）劫（ごう）二次元宇宙を観測できなくなればかなしい。絶望するものもいるだろう。と雖（いえど）も恁（いん）麼（も）の理由で四次元宇宙が崩壊したら本末転倒である。抑（そも）ゝ（そも）今（こん）囘（かい）の開放で二次元宇宙が悉（しつ）皆（かい）殲（せん）滅（めつ）されるともかぎらない。爾（じ）時（じ）所員が絶叫した。〈人工惑星の自転速度の計算が齟（そ）齬（ご）をきたしています嚮（きよう）後（こう）二分十秒で宇宙間弾道弾が発射される模様です〉と。〈研究所〉内の意（い）嚮（こう）は一致した。〈どこでもドア開放〉と獅（し）子（し）吼（く）すると〈研究所〉内でモニターされている〈どこでもドア〉がひらいてゆく。同時に五次元宇宙から宇宙間弾道弾が発射された。銀河系内の真空地帯に発生した曼（まん）荼（だ）羅（ら）のような魁（かい）偉（い）なる穿（せん）孔（こう）内の人工惑星より発射されたのだ。白銀の宇宙間弾道弾は狂（きよう）瀾（らん）怒（ど）濤（とう）の推進機関から剥（はく）離（り）して疾風迅雷で地球へと驀（ばく）進（しん）してくる。弾頭自（じ）軆（たい）の推進力からいって一分以内に地球は破滅するだろう。〈研究所〉内は澎（ほう）湃（はい）たる沈黙に囲（い）繞（じよう）される。爾（じ）時（じ）宇宙間弾道弾の軌道が大幅に湾曲した。闘牛士のような存在が軌道上で〈マント〉をひるがえすと放物線をえがいて地球から乖（かい）離（り）していったのである。