25杯目 ポーションと貴醸酒
「というわけだ。だからコイツとはお前が思ってるような仲じゃない」
「……何よ、それならそうと先に教えておいてくれればいいのに」
道具屋で女子が2人、猫が1匹。その女子の1人と猫が許嫁の仲。
リンが事の顛末を懇切丁寧に話し、途中に入るアイノの「で! 酔った後はどうしたの!」という詰問にも「……次のポーションを飲んだ」とリン自身も呆れながら答え、アイノも漸く納得した。
「それにしてもリンさん、許嫁の方がいらっしゃったんですね!」
「いや、それはコイツが勝手に決めたこと――」
「そうなんです! 結婚も近いかもしれませんね!」
遮って宣言するアイノに、「おめでとうございます!」とイノセントに祝う憩。
リンはテーブルでくるっと丸くなり、「外堀が……」と弱々しくぼそぼそ呻いている。
「アイノさん、リンさんとはどこでお知り合いになったんですか?」
「あっ、聞いちゃう? 聞いちゃう? アタシとリン様の運命的な出会い!」
騒いで少し髪が乱れたのか、一度ポニーテールをほどいて結び直しながら彼女は答えた。
「もともと、うちの家ってヒーレ城で使う小物の調達と納品をやってたの。この近くの町で紙や筆記用具や食器を買って、それをヒーレ城に運んで、不足してる物を補充するって感じね」
そうなんですね、と憩は頷く。なるほど、大きな会社だと業者がオフィス備品の補充をやってくれるけど、それに近いのだろう。
「で、私も前にお手伝いで付いていって、モンスター討伐局に運んだのよ。そしたら! そこに! とっても素敵な男性がいたの!」
うっとりするような目でリンを見るアイノ。彼は「ひょえ」と短く叫んでまた丸まった。
「リン様ったら優しくて、私の運ぶのを手伝ってくれたのよ」
「いや、それはお前がちんたら運んでて仕事の邪魔――」
「しかもその場で『親父さんによろしくな』なんてアプローチしてくれたの!」
「それはお前の親父さんがいつも届けてくれるから――」
「その時、もうアタシの心は射抜かれたわ。しかもこうして、たまに猫に変身してみんなの心を癒してるの。アタシも猫のリン様可愛くて大好き!」
両手の肉球で顔を覆うリン。アイノは猫になってる真相もよく知らないらしい。
「アイノさん、一途なんですね! リンさん、泣かせちゃダメですよ」
「……お前、半分楽しんでるだろ」
「ふふっ、ええ、少しだけ」
「てめえ! こっちの一大事に軽く笑ってんじゃねえぞ!」
全身の毛を逆立たせるが、アイノが「カッコいい……」と吐息を漏らすと「……調子狂うな」と態勢を元に戻す。
冒険に使う木の実を買いに来た勇者らしき男性が、不思議そうにリン達を見ながらお会計を済ませていった。
「ところでアナタ」
「え、私ですか?」
アイノがくるりと憩に向き直る。
「アタシはそもそもお酒得意じゃないんだけど、アタシでも飲めそうなポーションってある? リン様が興味持ってるなら、アタシもちょっと知っておきたいの」
その言葉を聞いて、憩は口を結んだまま微笑んだ。
好きな人に近づくために、同じものを好きになりたい。
無垢で、真っ直ぐで、だからこそ応援したくなる。
「任せて下さい、探してみますよ!」
憩はどんなポーションが良いか口元に手を当てて少し考える。やがて、あるお酒を思い出し、やりとりを楽しげに見ていた道具屋の主人に声をかけた。
「あの、すみません。
「……驚いた。お嬢ちゃん、相当詳しいね。確かあったはずだけど……」
目を丸くする主人は、大きなお腹で冷蔵棚までの通路を狭そうに通り、「あったあった」と黄色の瓶を持ってきた。
「はい、これ。3人で飲むかい?」
「ええ、グラス1つお願いします」
追加のグラスを受け取っていると、リンが憩の袖を引っ張る。
「おい、イコイ。貴醸酒って何だ?」
「普通、ポーションを造るときはシャーリやコージュに水を加えて発酵させます。貴醸酒は、水の代わりにポーションを加えてるんです」
「へええ……ポーションでポーションを仕込んでるのか」
注がれたとろみのある液体を怪訝そうな顔で見るアイノ。
「で、それが何でアタシに合うわけ?」
「ふふっ、アイノさん、飲んでみれば分かりますよ。乾杯です!」
そして3人でグラスを傾ける。すぐに、リンとアイノが叫んだ。
「…………甘っ!」
グレープフルーツの身の甘味、そして白い皮の微かな苦味、その2つが入り混じった香りが憩の鼻をくすぐる。
口に含んだ瞬間に、甘さがどぱっと押し寄せる。軽くて甘くて仄かに酸っぱい、佐藤錦のような上品芳醇な甘味。
舌の裏側までとろっとしたポーションの甘みが染み渡り、喉にもどっしりした後味を残していく。
そのまま飲んでもいいけど、バニラアイスにかけて食べたいような、そんな不思議なお酒。
「何だこれ!
「ちょっと、これホントにポーションなの?」
吃驚する2人に、手品を披露したかのように愉しげにグラスをトントンと指で叩く憩。
「水じゃなくてお酒で仕込むことで、発酵中に糖分を分解しきれず、糖分が酒中に残るらしいです」
「なるほど……だからこんな甘味みたいな味になんのか。これならアイノも飲めそうだ――」
瞬間、リンが「しまった」という顔をするが、時すでに遅し。
おそるおそる彼女の方を向くと、アイノは酔いも手伝ってか、貴醸酒のようにとろんとした目で彼をぎゅうっと胸元に抱き寄せた。
「リン様! 嬉しいです、アタシのこと気にかけてくれて! はい、これならリン様と一緒に住んでも、晩酌に毎晩お付き合いできます!」
「ちょっと待て! そんなことは言ってねえ!」
「あ、リンさん。毎晩飲むなら気を付けてくださいね。水の代わりにポーション使う分、このお酒高いですから」
「だから飲まねえっての! 大体てめえも頼むときに値段の話くらいしろ! 誰が払うと思ってんだ!」
アイノの腕の中で暴れたリンは持っていたグラスの中身をお腹に零し、「ぎゃあ! ベタベタ! ベタベタする!」と更に大きな声で叫びだした。
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