26杯目 ポーションとスパークリング
「ねえねえ、アンタ! 他には! 他にアタシが飲めそうなポーション、ある?」
お酒の力も手伝ってか、ハイテンションで憩の袖を引っ張るアイノ。
「ええ、ちょっと考えてみますね」
前かがみになって冷蔵棚に並んだポーションを1つ1つ見る憩。
一方アイノは、零した貴醸酒でベトベトになった体を店主からもらった濡れタオルで拭いているリンに熱視線を送る。
「リン様。父が、私達の仲を心配してましたよ」
「……いや、だからなアイノ、親父さんは別に俺達をそういう風には――」
「具体的な日取りはいつになるのか、分かったら教えてくれって」
返事の代わりにリンはタオルで頭をすっぽり包み「くおお! どいつもこいつも……」とぶおんぶおん頭を振る。
と、憩が突然叫び声をあげた。
「…………あ! あああっ!」
「どうした、イコイ!」
「見つけました、アイノさんも好きそうなポーション!」
「酒かよ!」
びっくりさせんな、とタオルで彼女をバシンと叩くリン。
「これにしましょう。おじさん、これもらってもいいですか?」
「ああ、スパークリングだね、いいよ」
憩が受け取った綺麗な茶色の瓶を、アイノは不思議そうな目で見る。
「スパークリングのポーション……? シャンパンみたいなの……?」
「ええ、アイノさん、きっと気に入ると思いますよ」
かなりコルクが固いのか、ゆっくりと時間をかけて瓶を開ける。
ポンッと景気のいい音で開栓し、さっと洗ってもらった3つのグラスに注いだ。
途端、コップの内側、側面の表面が、外に出られた喜びを全身で表現するかのようにシュワシュワと泡立つ。
「わっ、リン様、見て! ホントに炭酸だ!」
「こんなポーションがあるのか……」
2人でしげしげとグラスの中の神秘に見入る。
「さて、飲んでみましょう!」
耳に近づけてプチプチという発泡の音を十分に堪能してから、憩はグラスを口の前に持ってきた。
鼻で感じるのは、これまで飲んできたポーションとは少し違う果実の匂い。
華やかだけど、りんごやライチのように真っ直ぐ透き通った感じではない。洋ナシに近いような、少し濃いめの香り。
口に含むと、舌の上下で「飲みこむなっ」と抵抗するように弾けるポーション。
シャーリの優しい甘みの中に、しっかりとした甘酸っぱさが混じり、清涼飲料水のような爽やかさを感じる。飲み込むと、また喉の奥からふわっとシャーリの甘みが顔を覗かせた。
そのまま飲んでも美味しいけど、シナモンパウダーと合わせたら新しい味に出会えそうな、そんなポーション。
「ぐわっ! これも
「すごい、ジュースみたい! それにさっきのポーションより飲みやすい!」
んぐんぐともう一口飲むアイノに、憩はにこやかに説明する。
「デザート酒とか呼ばれたりします。アルコールも多分、普通のポーションの半分以下なので、お酒苦手な方でもすっきり飲めるんですよ」
言いながら、彼女は日本でお呼ばれした女子会ホームパーティーを思い出す。
スパークリング日本酒は度数も約5%、チューハイ程度のものが多いので、周りの女子には評判だったし、何より自分が辛口の大吟醸を飲んでてもそんなに浮かなくて済んだ。
「あ、リン様、もう瓶が空になっちゃった」
美味しいを連呼してスッスッとグラスが進んだ結果、あっという間に茶色い瓶はインテリアになってしまった。
「よし、もう一本くれ」
他の客が来なくて暇そうにお腹を掻いていた店主は「あいよ」と返事をして新しい瓶を取り出す。
「今度は俺が開けるぞ。コルク開けるの楽しいからな」
「リン様、頑張って!」
胡坐のような姿勢になり、足と肉球でしっかり瓶をホールドしてコルクを上に押し上げるリン。
そこへ憩が「あっ、リンさん」と焦り気味で声をかける。
「それ、慎重に開けないと――」
「あ?」
瞬間。
ボンッ!!
勢いよく飛び出したコルクが、リンの顎を直撃した。
「だおおおおおお……!」
「ちょっ……リン様!」
もんどり打って地面に落ちるリン。横向きになったまま足をじたばたさせ、5倍速で進む時計の長針のようにくるくるその場を回っている。
瓶を溢れたポーションがテーブルの端から滴り落ち、その身体をぴちぴちと濡らしていた。
「大丈夫ですか、リンさん」
「痛ってえ……なんだこいつは! 失敗作じゃねえのか!」
「いいえ、違うんですよ」
零れたテーブルとリンの身体を拭きながら、憩が答える。
「スパークリングにも幾つか種類があるんですけど、これはアルコール発酵が止まる前に瓶詰めしたものなんです。つまり、瓶の中でさらに発酵を進めて炭酸ガスを瓶内に閉じ込めてるんですよ」
「なるほど……それでこんなにガスが強いのか……死ぬかと思ったぜ」
ようやく起き上がり、テーブルによじ登るリン。開いたコルクに「この野郎っ」と噛みついた。
「でも、ホントに美味しいわ。教えてくれてありがとう」
少し照れながらアイノがお礼を言うと、憩は微笑んで「いえいえ」と返す。
「ポーションに興味を持つきっかけになってくれたら嬉しいです。それに、このポーションはそのためだけに教えたんじゃないですよ?」
アイノが意図を掴めず首を傾げる。
「ほら、これ、シャンパンの代わりになりますから、結婚式でも飲めます!」
間髪を入れず、憩の腕をガシッと掴む、自称許嫁。
「アンタ、良いヤツね!」
「ふふっ、私からの贈り物です」
憩の肩に飛び乗り、首に肉球パンチを繰り出すリン。
「こら、イコイ! てめえ、好き勝手言いやがって!」
「リン様! 結婚式の準備、どんどん進めていきましょう!」
「だから違うんだっての!」
他に客のいない道具屋は、随分と騒がしかった。
***
「ったくよ、このままじゃホントに結婚させられちまうよ……」
スパークリングを飲み干した後、リンがアイノをどうにか落ち着かせ、「また連絡する」と言って分かれた。今は憩とリンで、宿泊する宿屋に向かっている。
「あいつ、国王様にも自己紹介しかねない勢いだからな……」
「あら、お似合いでしたよ、結構。あんなに愛されてるなんて、素敵じゃないですか」
「うるせっての」
少し風が強くなり、土埃が舞う。
この辺りは寒暖の差が激しいらしく、夜になって一気に気温が下がった。
「しかしお前、今日はあんまり飲まなかったろ」
「リンさんこそ。でも大丈夫ですよ」
憩は、手持ちの袋から、1本の瓶を取り出す。
「さっき、こっそりお土産に買っちゃいました」
「くはあ! ちゃっかりしてやがるぜ」
「寒くなってきたし、宿で温まりましょう!」
「よし、もう一杯いくとするか!」
こうして、呑み助の夜はまた賑やかに過ぎていく。
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