7升 ポーションと奥深さ
24杯目 ポーションとひやおろし
「イコイ、見ろ。あの町がカクレーだ」
転移して17日目。リンに呼ばれ、馬車の窓から顔を出す憩。その頬と栗色の髪を、穏やかな涼風が撫でる。
「わっ、何か赤い町ですね」
「赤い土で作ったレンガが有名だからな」
「あとポーションですよね!」
だな、とリンは頷き、座席の背もたれ部分をよじ登って遊び始めた。
ヒーレ城のあるセンキンを出たのは3日前。そこから北上しながら小さな町々に泊まった。
軽くポーションは飲んだものの、目指していたのは今から行くカクレー。
「へえ、本当に赤いですね」
民家はほぼレンガ造り。赤と赤茶で染まった家が並び、陽も傾いていないのに夕焼けの気分。
「さあて、昼飯にしちゃ遅いけど、夕飯には少し早いな」
カクレーの町に入ったリンは、キョロキョロと辺りを見回す。
「どうしたんですリンさん、何か探してるんですか?」
「……あ? あ、いや、何でもねえ。食事できる場所はねえかと思ってよ」
「リンさん、町に入ったら食事の前に道具屋。これは基本ですよ?」
「そんな基本はねえよ……」
音符が飛び交いそうなほど楽しげに歩く彼女に、リンは「もっと俺にペース合わせろよ!」とがなりながら付いていった。
「いらっしゃい!」
元気な声で出迎えてくれたのは、40代くらいの道具屋の主人。恰幅も肌つやも良いので、憩にはかなり若く見えた。
「あの、ポーション頂きたいんですけど」
「なんだ、お嬢ちゃん、ポーション好きなのか! 割と種類あるよ。カクレーは結構なポーション処だからね」
握った拳に親指だけ出して、冷蔵棚を指す。色とりどりの瓶が、コルクを抜かれるのを待ってひしめき合っていた。
「わあ! じゃあオススメをお願いします」
「よし、じゃあ滅多飲めないヤツ……これなんてどうかな?」
そう言って彼が出したのは、波のような模様が彫られた紫色の瓶。
「ちょっと細かい話になるんだけどさ、ポーションは普通、貯蔵するときと売り手に卸すとき、2回加熱処理で殺菌するんだよ。これは卸すときにその火入れをしてないんだ」
その説明が終わるや否や、彼女は早押しクイズのように、その酒の日本での呼び名を叫んだ。
「ひやおろし、ですね!」
「あ? 何だ? ひやおろし……?」
瓶を軽く睨みながらリンが聞き返す。
「日本酒の一つの種類ですね。貯蔵するときには火を入れるけど、卸すときは火入れしない。つまり『冷や』で『卸す』から『ひやおろし』です」
「なるほど、名前はそのまんまか」
「私がいた世界だと、気候の関係で飲む時期が限定されてるんですよね」
頭の中の知識を矢継ぎ早に説明に変えていく憩。
日本では、春の貯蔵で一度火入れして秋口に飲める、季節感のあるお酒だ。
ちなみに、火入れといっても直接火にかけるわけではなく、熱くした管の中に酒を通したり、瓶に入れて湯煎したりする。
「おじさん、ぜひ飲ませてください!」
「あいよ、ちょっと高いけど、いいかい?」
「はい、このリンさんが払います」
リンは憩が指した手に噛みつこうとし、彼女は慌てて手を引っ込める。
「はい、じゃあグラス2つ、どうぞ」
「よし、どうせ払うなら俺の方が多く飲んでやる!」
道具屋のカウンター、注いでもらったガラス製の小さなグラスで乾杯した。
フルーティ―とは少し違う、笹の葉のような穏やかな香りが鼻をくすぐる。
口に含んだ瞬間、軽い甘味と苦味。柔らかい口当たりから、ストレスなくスッと喉を通っていく。
飲んだ後の余韻でじわじわと苦味と辛味が広がり、このポーションの力強さを感じる。
「おおう! 何て言えばいいんだ、こういう酒。まろやかっていうのか」
うめえ、とリンがあっという間にグラスを干す。
「うん、その表現がぴったりだと思います! 火入れしないのは、熟成味をそのまま味わえるようにするためですから、味に丸みが出ます」
「丸みのある味か、奥が
リンのグラスにお替りを入れながら、憩は微笑む。
「味が美味しいですからね。色々飲んでるうちに、自然と製法や酒器にも興味が湧いてきていつの間にか詳しくなってました」
「まあこんだけ飲んでりゃ詳しくなるよな」
言いながら、後ろの入口を振り返るリン。
「リンさん、さっきからどうしたんですか? 周り気にしてますけど」
「ん、いや、何でもな――」
そのとき。外をタタタタタッと物凄い勢いで走る音が聞こえてきた。
その音は次第に大きくなり、やがてザザーッとこの店の入口でブレーキをかける。
「見つけた、リン様!」
「げっ、アイノ!」
商品棚にぶつかるかの勢いで、1人の女子が入ってきた。
憩よりも大分小さい150㎝ちょいで、体付きも身長相応。年は20代前半くらいだろうか、あどけなさと大人っぽさが混ざる顔付き。
鮮やかなほど艶のあるダークブラウンの髪は憩と同じくらいの長さだが、ポニーテールにして濃い青のリボンで留めているため、ぱっと見は相当若い。
「なんでここが分かったんだよ」
「リン様の情報ならすぐアタシの情報網にひっかかるの! もう、来てたなら連絡くらいくれてもいいのに!」
アイノと呼ばれた彼女は、ずいずいとリンに詰め寄っていく。
「いや、その、明日には出る予定だし、な……」
「なんですって! やっぱりこのポーション浸りって噂の女と何かあったのね!」
「ポーション浸り……」
言い得て妙で、思わず憩は吹き出しそうになる。
「バカバカ! リン様のバカバカ! アタシというものがありながら!」
「痛て、痛てて! おい、アイノ、落ち着けって!」
ポカポカと猫のお腹を叩く彼女に、憩がそおっと近づいて訊いてみる。
「あの、
彼女はポニーテールをバッと揺らし、キッと睨みながら憩を見た。
「アタシはアイノ! リン様の許嫁よ! アンタにリン様は渡さないからね!」
「……え? ええええっ!」
目を丸くする憩。その横で、リンが「違うっての……」と目を瞑って耳をペタンと後ろに寝かせた。
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