22杯目 ポーションとワイングラス

 翌日昼。憩とリンは、また昨日の貴賓室に集まった。


「どうした、イコイ。なんか随分ご機嫌じゃねえか」


 その問いに彼女は、ずっと品切れだったお酒を偶然酒屋で見つけたかのようにハイテンションで答える。


「だってリンさん! あんなベッドに寝られるなんて、なかなかないですよ!」



 一昨日は部屋が埋まってしまっていたため、近くの宿屋に泊まったが、昨日は城内の寝室が幾つか空いていたので、そこで夜を過ごした。


 踏んだら倍の高さで跳べそうな、フカフカで弾むベッド。枕も毛布も素晴らしいもので、憩は嬉しさのあまりゴロゴロと転がってはしゃいだりした。



「興奮や緊張ですぐには眠れませんでしたよ。昼集合にしておいてよかったです」

「だからこんなに遅い時間にしたんだな……」

 脱力したリンは、鼻でぶふう、と息を吐いた。


「さて、今日も2種類の酒器で飲んでみましょう」

「国王様は今日も朝から会議らしい。可哀想に、今日は来れなそうだな」


 リンの話によると、眠そうに体を揺すりながら「ポーション……ポーション……」とうわ言のように呟いていたらしく、他の財政局員からも不思議な目で見られていたらしい。


「ふふっ、リンさんと2人で飲むの、なんだか久しぶりですね」

「そうか? まあ確かに、最近は変な酔っ払いやヴァクトや国王様と飲んでたからな」

「では、初心に返って楽しくやりましょう!」

「ポーションの何の初心に返るんだよ」


 肉球でぽふっと彼女の腕を叩いてツッコミを入れる。


「始めはオシャレに、こんなグラスでいきます」


 お借りしてきました、と彼女が取り出したのは、コーヒーカップを二回り小さくしたくらいの脚のないグラス。


 口径も深さもお猪口より少し大きいその器の側面には、太筆で払ったかのような鮮やかな赤色の模様が入っている。そして特徴的な飲み口は、上に広がるラッパ型だった。


「なんか良いデザインだな」

「こんな素敵なものが置いてあるなんて、さすがお城です。で、こういう酒器に合うポーションはこれですね」


 2人で使うには広すぎるダイニングテーブルに、瓶をトンッと置く。グラスとも調和の取れている赤色の瓶。


「華やかな香りに淡い味、薫酒です」

「酒場で食前酒っぽいって言ってたヤツだよな」

「その通りです! リンさん!」

「どわっ!」


 ポーションから手を離し、リンの手をふにっと握って顔を近づける憩。


「大分ポーション愛が深まってきましたね!」

「いや、まあ……こんだけ飲まされてりゃ嫌でも興味は出るというか……」


 目を逸らしながら、彼は当惑で顔をひきつらせた。


「さあ、この酒器で味見してみましょう」


 ポーションの瓶を静かに傾け、ラッパ型のグラスに注いでいく。容量が少ない分、ヘタに勢いをつけて注いでしまうと、あっという間に零れてしまいそう。


「それでは、いただきます」

「おうよ、いただこう」


 小ぶりで持ちやすいその器を、憩はいつものように香り鼻に近づける。



 切りたてのパイナップルのような香り。「シャーリでこの香り?」と思わせる、澄んだフルーティーさ。


 香りをより強く感じられるよう、普段お店では出来ないけどジュッと啜るように飲んでみる。


 香りで想像できるほどには甘くなく、それが逆に飲みやすい。ふわっとした甘さが口で弾けたかと思うと、僅かな苦味がやってきて綺麗に締めてくれる。喉を通った後の余韻は長く、鮮やかな香りがずっと残る。


 お酒だけど、キウイやリンゴをつまみに飲めそうな、フルーティーさが全面に出ているポーション。



「くはあ! やっぱり華やかだな!」

 リンが目を見開いて、グラスをタンッとテーブルに置く。


「イコイ、多分この形状がポイントなんだろ?」

「ええ、こういう形の方が香りが広がりやすいんです。この華やかな匂いをしっかり堪能できます」

「置いておくだけでも香りが広がって幸せだよな」


 言いながら、置かれたグラスの真上に顔をぬっと突き出し、鼻をひくつかせて口元を緩める。


「もともと白ワインっぽい雰囲気のポーションが多いですから、ワイングラスも合いますよ。リンさん、使ってみます?」

「お、いいな!」


 彼女が続けて出したワイングラスに手酌でポーションを注ぐリン。


 器用にグラスの脚を持ち、キリッと顔をキメつつ、グラスを回して見せる。いつもの声よりトーンを低くして「金持ちっぽいだろ?」と訊くリンに、憩は堪えきれずに吹き出してしまった。



「……うん、ワイングラスも合うな。飲むときに鼻がしっかりグラスに入るから、匂いが楽しめる」

「ですね! 脚がある酒器は回しやすいので、少し回してまた香りを立たせることもできますし」

 2人で同じタイミングでグラスを置き、幸福の一息。


 近々披露する練習なのか、外から管楽器のアンサンブルが聞こえてきて、鼻と口の次に耳を楽しませてくれる。


「そういえばリンさん、何で勇者にならなかったんですか? ヴァクトさんと一緒に目指してたんですよね?」

「がはっ! げほっ! げほっ!」


 もう一口飲もうとしていたリンが、思いっきり咽た。


「何だよ急に……。あれだ、俺はヴァクトと違って転移魔法みたいな高度な魔法も使えるようになったからな。勇者よりも討伐局ここみたいな仕事の方が金がいいんだ」

「なるほど、そうなんですね」


 立って得意気に胸を張るリン。相変わらずバランス感覚が悪く、そのまま背中からぼふっと倒れる。



「まあ……後はなんつうかよ……」


 起き上がってグラスの残りを干し、彼は小声で呟くように続けた。


「勇者だと1つの町しか守れねえけどよ、魔法を活かせば色んな町守れるだろ。俺はそっちの方がよ……」


 その言葉に、憩はパンッと手を合わせる。


「リンさん、カッコいいです!」

「うるせえ! 今のは半分冗談だ!」



 いいからもう1杯飲みましょう、と勧められ、リンは照れた表情で怒りながらワイングラスを差し出した。

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