21杯目 ポーションとブランデーグラス

 日が宙を高く駆け上がり、遮る雲のない空から陽光を降らせる。陽気につられて窓に遊びにきた小鳥が2羽、囀っておしゃべりしていた。


「イコイ殿、次はどの器にするのだ」


 すいすいと飲んだせいか、若干赤ら顔になりながらすっかり乗り気の王様。憩も呼応するように、「はい、決めましたよ!」と声のボリュームを上げた。


「今度はこれです」


 そう言って彼女が出したのは、かなり大型のガラス製のグラス。腰が膨らみ、飲み口の部分がすぼまっている、チューリップの花のような形状。


「これは……ブランデーグラス?」

 王が、親指・人差し指・中指の3本で脚を持ってしげしげと見る。


「ええ、そうです。ワインとかを蒸留して作るブランデー用のグラスですね。これでポーションを飲みます」

「これで飲むのかよ……なんかイメージねえな」


 ダイニングテーブルの上に胡坐をかいたリンが、手足でしっかり大きいグラスをホールドする。

 そんな猫を見つけた通りすがりの女性使用人が、追い出そうと飛び込み、国王を見て慌てて出ていった。


「リンさんも飲んだはずですよ、酒場でちょっとクセのある、ブランデーみたいなポーションを」

「あっ、ああ! 熟酒か!」


 正解、という代わりに彼女が布の袋から取り出したのは、こげ茶色の瓶。


「4年間、寝かせたお酒です」

「ほお、熟成させたポーションか! それは興味深い」


 いそいそと椅子に座る国王。瓶を開栓し、ブランデーグラス3つに、それぞれ少量を注ぐ。


「それでは、頂きましょう」


 グラスをぶつけ、憩は見た目と香りから味わう。



 祖母の家で食べたカンロ飴。それをじっくり溶かしたような、照りのある琥珀色。


 カラメルソースのような、鼻の奥で膨らむ濃厚な香り、シャーリをどうやったらこんな匂いになるのか、不思議な手品を見せられているよう。



 一口飲むと、まずやってくるのは甘味。ドライフルーツを食べているような濃い甘みに、ときおり酸味がピリリと舌に遊びに来る。


 よく探していくと、その甘味の奥に苦味が隠れていて、とてもバランスのよいコク。飲み込んんだ後もたっぷりと余韻が続き、頬の内側にさっきのドライフルーツが張りついているような後味。



「くはあ! 美味いけど、やっぱり俺はちっとこの酒は苦手だ」

「これはすごいな。飲み込んだ後も、喉の奥からぐわっとクセがせりあがってくる。上級者向けのポーションだ」


 その力強さに、思わず顔をしかめながら苦笑いする国王。


「そうですね、香りも味も濃いので、かなり独特ですよね。でもこの香りだからこそ、こういうグラスが合うんですよ」

 憩の言葉に、揃って首を傾げる2人。


「ブランデーグラスって飲み口がすぼんでますよね? この形状で香りを包み込むことで、熟成の凝縮感を堪能できるんです」

「おう、なるほど! それでこの形状が活きてくるのか!」

 友達の肩をバンバン叩くように、リンが尻尾でペシペシと憩の二の腕を叩く。


「それに、熟酒の場合はやっぱり透明なグラスが合います。この美しい色調を映えさせた方が良いので」


 色まで考えるのか、と深く頷く国王。憩はそんな王に「面白いですよね、ポーションって」と興奮気味に相槌を打ちながら、蓋付きの皿を取り出す。


「今日はシェフの方にキッチンを貸して頂いて、おつまみを作ってきました」

「おお、さすがイコイ殿! 酒にはやはりつまみだな!」


 声を弾ませる王。一方リンは、嫌な予感を抱きながら蓋が開けられた皿を凝視する。茶色い、何かよく分からない、肉のようなもの。


「鶏肉の皮を捨てるとのことだったので、カリカリに焼いて塩を振りました」

「国王! 国王なんだよこのお方は!」

 がうっと飛びつき、彼女の腕に巻き付いた。まるでトラ柄のギプス。


「おいこら、イコイ! もっと高級なつまみ作れんだろ!」

「あらリンさん、高級なポーション買ってるんですから、おつまみまで高級にしたらリンさんの出費がとんでもないことになりますよ?」

「ポーションもっと安くしてもいいんだぞてめえ!」


 2人のやりとりを見て、国王は大笑いしながら鶏皮を頬張る。


「なかなか美味いじゃないか。塩気もいいし、しっかり焼いてるからあのクニャクニャした感じもない。これは良い料理を教えてもらった」

「良かったです! 私もこれ、よく食べるんですよ!」


 美味いんならいいけどよ、とぶつくさ言いながら腕から離れるリン。憩は自由になった腕で「こっちのグラスもオススメです」と2人に別の器を渡す。


 さっきより少し小ぶりなグラス。チューリップ型ではなくスリムな体型で、飲み口の少し下がくびれていた。


「これもブランデーグラスの一種です。大きく味が変わるわけじゃないですが、こっちで飲んでみましょう」


 そして彼女は、さっき飲んだこげ茶色の瓶をもう一度開け、3つの小ぶりなグラスに注いだ。


「……何か違うのか?」


 グラスに鼻をつっこみ、香りを確かめながらリンが尋ねる。

 ぴったりハマってしまったのかグラスから抜けなくなり、顔をぐいんぐいんと動かして取っていた。



「ひょっとしたら気付くかもしれませんよ。さ、頂きましょう」


 3人でもう一度乾杯し、グラスを傾ける。


「……わかんねえな」

「…………アルコールっぽさが弱くなったような」

「おっ、国王様、鋭いです!」


 憩が正解のご褒美と言わんばかりにお替りを注ぐ。


「くびれがあるので、グラスをかなり傾けて、顔を持ち上げて飲むことになります。そうすると舌先がポーションを迎えに行ってる状態で飲むので、口の中に一気に広がらない、つまりアルコールの刺激を感じる部分が狭くなるんです」


「すげえ! そんな仕掛けが!」

「くびれもただのデザインじゃないんだな! イコイ殿の博識にも恐れ入る!」


 グラスと憩を交互に褒める2人。

 特に国王は完全に酔っているようで「素晴らしきポーション!」と無駄に大声を張り上げている。


 と、そこへ。



「国王様! 国王様!」


 バタバタとやってきたのは、いかにも頭の切れそうな男性2人。リンが小声で「財政局のヤツらだ」と呟く。


「ん? どうした? お前らもポーション飲むか?」

「飲んでる場合ではございません。これより税制の見直しに関する会議ですよ」

「今日明日は方針が決定するまでカンヅメですからね」


 ジタバタしながら「待て、せめて休憩中に飲むポーションを!」と叫ぶ国王と、その両腕をガッシリ掴んで連行していく2人。

 結局、あっという間に部屋を出ていった。


「ふふっ、面白い王様ですね」

「まあ、俺をこんな姿にするくらいだからよ」



 笑い合った後、さっきの陶器で別のポーションも飲んでみましょう、という彼女の提案で始まった2人酒は、夕方まで続いたのだった。

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