20杯目 ポーションと陶器

 翌日の朝、城の正門前。憩とリンで、コクリュの町に戻るヴァクトミステを見送る。


「楽しかった。帰りに道具屋さん寄って、幾つかポーション買うよ!」

「ぜひぜひ! お仕事、頑張ってくださいね」

「イコイさんも、飲みすぎ注意だよ」

 口ひげを曲げて笑いながら彼が手を差し出し、憩はしっかり握手する。


「リンク、また人間になったら飲もうよ」

「うるせっての」


 シャアッと牙を立てるリン。憩が彼を抱きかかえ上げると、横を向きながらぶっきらぼうに続けた。


「……あぶねえ仕事だからよ。お前なら大丈夫だと思うけど、モンスターにやられたりすんなよ」


 労いの言葉をかけてもらえると思っていなかったヴァクトミステは目を丸くするが、やがて金色のくせっ毛を掻きながら顔を綻ばせた。


「リンクもね! この国の安全は討伐局の采配にかかってるんだから」

「へっ、任せとけ」


 大剣も振れそうな大きな手と、ふにふにした小さな手。

 握手してから勇者は馬車に乗り、コクリュへと戻っていった。



「ちょっとでも魔力使うとイコイが戻るのが遅れるからって、転移魔法使わないで帰るってよ」

「ヴァクトさん、優しいですね。でも、リンさんも優しいですよ? ちゃんとヴァクトさんのこと気遣ってますし」

「ばっ……! 俺は、そんなんじゃねえよ! ほら、城に戻るぞ!」

「ふふっ、分かりました」

 いつもより早足で歩くリンの後ろを、憩は歩幅広めに付いていった。





「さて、今日は色んな器、つまり酒器で飲んでいきましょう!」


 城の3階、高い天井の貴賓室で、憩がテンション高く叫ぶ。


 憩くらいの高さのある嵌め殺しの窓からは、センキンの町並みと自然が一望できる。彼女が覗いてみると、少し先にある川で何人かの子ども達が遊んでいるのが見えた。


 昨日の王の部屋にあったのと同じくらいのダイニングテーブル。そこに並べられた、幾つかのグラスとポーション。



「飲むのはいいんだけどよ……なんで国王様までいるんだ」

 ダイニングテーブルに座るのは、国王様その人。


「器まで考えて飲むことはなかったからな。今日は少し時間もあるし、せっかくだから覗かせてもらうぞ、イコイ殿」

「もちろんです! お酒はたくさんで飲んでも美味しいですからね」


 一国の王と飲むのに、このマイペースさ。

 リンは呆れるというより、半ば感心した様子で2人のやりとりを見ていた。


「ポーションもちゃんと近くの道具屋で買ってきましたよ」

「おい、イコイ、なんでわざわざ買ってくるんだよ。城の執事とかに頼めば持ってきてくれるぞ?」


「いえいえ、やっぱり自分で選びたいじゃないですか。それに、たくさん飲んでお城のポーションの備蓄がなくなったら申し訳ないですし」

「俺の蓄えが先になくなっちまうよ!」


 ゴロゴロとテーブルの上を転がるリンを見て、国王は「リンクウィンプスも形無しだな」と破顔した。




「さて、まずは陶器で飲んでみましょう。食堂で燗酒を飲んだ時に出てきましたね、リンさん」


 この城で借りた酒器一式の入ったカゴ。そこから憩がコンコンッと2つ並べたのは、お猪口より大きい、所謂「ぐい吞み」サイズの焼き物。側面は、白地に青で渦のような模様が入っている。


「なあ、イコイ、素朴な疑問なんだけどよ。よく『陶磁器』っていうけど、そもそも陶器と磁器って何が違うんだ?」

「えっとですね、一番大きな違いは材質です。ざっくり言うと、土から作るか、石を砕いた粉から作るかが違います。なので、陶器を土もの、磁器を石ものって呼んだりするんですよ」


 彼女の回答に、リンより先に国王が「ほほお」と頷いた。


「イコイ殿は焼き物にも詳しいんだな」

「いえいえ、酒器限定です」


 冗談めかして笑う憩が、ポーションのコルクを開けて器に注いでいく。


「磁器よりも陶器の方が、熱の伝わり方や口当たりの関係で、お酒の味が柔らかく、まろやかになると言われてます。磁器の酒器がなかったので今回は比べられませんけど」


「よし、私も頂こう」

「え……国王様、飲んで大丈夫なんですか? もうすぐ税制に関する会議では?」

「…………まあ酒が入った方が活発な話し合いになることもある」


 呆れたようにジト―ッと王を見つめるリン。


「酒器、多めにお借りしましたから、どうぞ国王様も味わってみて下さい」

「おお、ありがとう! それでは、乾杯!」

「乾杯!」

 貴族でもなかなかお目にかかれない王の音頭で、器をカツンッと当てる。



 憩は、なみなみ入ったその器をゆっくりと顔に近づけた。

 表面から立ち上るのは、豆腐のような穀物系のふくよかな香り。


 とても柔らかな口当たりは、薄く流体にした絹に、上品に糖を纏わせたような感覚。口の中にシャーリの風味を存分に広げ、そのまま喉へと向かっていく。


 喉を通ったときに感じた僅かな酸は、少し器に置いておくと感じなくなった。時間で風味が変化する、お酒の妙味。



「こいつはいいな! シャーリそのものって感じだ!」

「うむ、味も香りも、シャーリの味わいが強い」


 リンと国王、2人で何度も頷きながら、互いに次の一杯をお酌する。その様子を見ながら、憩が説明を始めた。


「香りは穏やかで、味は濃い目。以前リンさんと飲んだ、醇酒ってタイプのこういうお酒は、陶器や磁器がいいですね。土や石は、口に当てた感触も柔らかいですから」

「確かに、ガラス製の器より良いかもしれん。そうか、味によって器を変える、なんていう楽しみがあるのか。ポーション、なかなか面白い」


 満足気な王の横で、リンが一口飲んで試してみる。


「……なるほどな、確かにガラスよりやんわりと飲める。それに味がどっしりしてるから、こういう器に入れると見た目にもどっしり感が出るな」


 その勢いでクイッと干しながら返す猫に、憩は「さすがリンさん」と吃驚する。


「ほう。リンクウィンプス、イコイ殿の面倒を見ながら、すっかりポーション通になったな。お前が管理する勇者とも、話が合うかもしれん、いいことだ」


 国王にも褒められたリンは、すっかりリラックスしたのか、ヒゲをだらんと垂らして「いやあ」とふにふに謙遜している。


「そんな国王様、もし必要とあらば、このリンクウィンプス、何階級でも特進しますんで……」


「ちなみに、そんなポーション通のお前宛に、討伐局に大量の請求書が来てるからな。後で処理するように」

「だーっ! 忘れてたああああ! クソッ、幾らか気になる、でも怖くて見たくねえ!」



 緊張でヒゲをピンと伸ばしたリンを「まあまあ」と宥めてシャアッと威嚇されながら、憩は上機嫌に次の酒器を準備し始めたのだった。

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