6升 ポーションと酒器
19杯目 ポーションと色・香り
「わあ! リンさん、お城! お城です!」
馬車の窓から、落ちるのではないかと思うほど身を乗り出し、城を眺める憩。
彼女がアッキシカの町で買った赤紫のショールをぐるぐると巻いて寝ていたリンが、気怠そうに相槌を打つ。
「ったく……城下町なんだから城があるに決まってんだろ……」
「リンクはいつも見てるもんな。僕もお城、久しぶりだなあ!」
横にいたヴァクトミステが、小休止中に通りすがりの老夫婦からもらった果実を齧った。
4タイプのポーションを味わった翌日。
ヴァクトミステの「僕も薫酒と爽酒、飲んでみたい!」という希望を憩が「ぜひ飲みましょう!」と受けたため、アッキシカにもう1泊して3日連続で酒場に行くことになった。
ポーションの仕入れを担当した老婆と憩はすっかり仲良くなり、「ひっひっ、アンタ、アタシがおっ
アッキシカとヒーレ城のあるセンキンが比較的近かったこともあり、ヴァクトは今夜、国王に異世界から帰ってきた挨拶をしてから自分が専属であるコクリュに戻ることになった。
「ところでヴァクトさん、なんで勇者なのに剣とか鎧着てないんですか?」
「ああ、仕事が終わって普段着のときにリンクの魔法陣を踏んだんだよ。夜だったから地面もよく見えなかったしね」
「まあ、そうだったんですね」
「けっ、もっと注意して歩けってんだ」
頬を膨らませるリン。その様子に、憩とヴァクトは顔を見合わせて笑う。
「さて、着いたら早速国王様にご挨拶だ。リンクもお世話になってるしね」
「はいよ、俺は着くまで寝るからな」
そう言ってリンはショールに巻き付き、「国王様、ご機嫌で人間に戻してくれたりしねえかな……」とぶつくさ呟いた。
***
「ここがヒーレ城ですね!」
すっかり夕方。馬車を降りるなり、憩が正門の前まで駆けだす。
彼女が昔から絵本やアニメ、ゲームで見てきたような、センキンの町の丘陵に築かれた3階建ての城。
見張り台や上空からの攻撃に使うであろう塔、侵入者を容易に通さない切り立った城壁など、要塞の機能もあるものの、建物や庭園に生い茂る木々は立派なもので、正に「宮廷」という印象。門を出入りする貴族や商人は、きっちりした格好で、手土産らしき織物や食物を持っている。
とはいえ、さすがは国王の居住地。入口で甲冑を着た2人の門番に止められた。
「おい、お前達。通るときは名を名乗れ」
その言葉に、上を見上げもせずにリンが答える。
「モンスター討伐局、リンクウィンプスだ」
「は? ……え、リンクウィンプスさん? でもだって、ね――ぐふっ!」
若い方の門番が言いかけた言葉を、もう片方が胸に肘を入れて止める。
その動物の名は禁句だと、知っているのだろう。
「失礼しました。リンクウィンプスさん、お通りください」
あいよ、と片手をサッと上げ、スタスタと歩き出すリン。憩は「リンさん、カッコいい!」と叫んで、後をついていった。
「お待ちしてました、リンクウィンプス。国王様がお待ちです」
広々とした城内に入ると、宮中執事の老紳士が二階に案内してくれた。「事前に水晶で連絡頂けて助かりました」と彼がお礼を述べると、リンは「そりゃいきなりは来れねえしな」と尻尾をゆらゆらと揺らす。
「ここが国王様の部屋か。お会いするのは勇者の任命式以来だよ」
ヴァクトミステも緊張の面持ちの中、室内に通される。
20人は座れるダイニングテーブルの奥、華美な装飾の椅子に、国王はどっしりと座っていた。
「国王様! ヴァクトミステ、異世界より帰ってまいりました」
「おお、ヴァクトミステか! よくぞ無事に戻ってきた!」
憩がイメージしていたマントこそつけていなかったものの、何枚にも重ねて織られた服、膨らんだ袖や裾は、それだけで高級品であることが分かる。
年齢は50歳前後だろうか。金色の髪に口ひげと顎ひげ、落ち着いた雰囲気でありながら、その顔には年齢に似つかわしくないほど気力が
「で、となりの
「は、はい。はじめまして、桐ヶ谷憩です」
マイペースな彼女も、さすがに緊張する。ロングスカートの裾を持ち上げて挨拶すべきだったのか、挨拶した後もつい考えてしまった。
「まったく、すまないな。私のバカな部下のせいで、2人に迷惑を……」
「いや、国王様、お言葉ですけど、イコイについては勝手に転移場所に割って入ってきやがったから――」
「ほほう、そもそも転移する原因を作ったのは誰のイタズラ書きのせいだ?」
国王の問いに観念したのか、リンはぐにーっと頭を床につけた。
「さて、ヴァクトミステは明日朝には戻るとのことだが、イコイ殿、もしよかったら少しゆっくりしていってくれ。何か今、飲み物でも用意しよう。お酒は飲めるか? ちょうど今朝、最高級のウィスキーが――」
「あ、でしたらポーションでお願いします!」
その即答に、国王の目が点になる。
ヴァクトミステは手で口を押さえて笑い、リンは両肉球で顔を覆った。
「ポーション? あの勇者が飲む?」
「ええ、とっても美味しいんですよ! このお城にありますか?」
「あ、ああ。多少はあると思うが……」
近くにいた女中に急いで用意させる国王。やがて、ピンク色の瓶とグラスがダイニングテーブルに置かれた。
「わっ、初めて飲むポーションです。では早速、頂きます」
注いだグラスをじっと見たり、鼻に近づけたりする憩の仕草が、国王は妙に気になる。
「すぐに飲まないのか?」
「ええ、まずは色や香りを楽しむんです。例えばほら」
「お、おい、イコイ」
リンが止める前に、彼女は国王が座る椅子の前までグラスを持って駆けていく。
「こんなふうに綺麗に透き通って光沢が出ているものもあれば、薄い黄色っぽく艶の出るものもあります。まずは見た目で味わうんです」
「お、おお、なるほど」
若干面食らっている王に、憩は気にせず満面の笑みで話を続ける。
「次は香りですね。香りには2種類あるんです。グラスに顔を近づけるだけで感じられる『上立ち
「ほお……結構奥が深いものなんだな」
深く頷く国王。すると、いつの間にか彼女の後ろに来ていたヴァクトミステが「イコイさん、すごいなあ」と拍手をする。
「色や香りか。そこまで味わえると面白いね」
「そうなんです。しかも、器が違えば――そうだ! 国王様、明日から少しだけ、このお城のグラスを使わせて頂けませんか?」
振り返って訊く憩に、彼は「もちろん構わないぞ」と首肯する。
「ガラスや陶器のもの、色々種類がある。好きなものを使うといい」
「ありがとうございます! リンさん、明日から、色々な酒器でポーションを飲んでみましょう!」
ヴァクトミステの横に来ていたリンが、思わずプッと吹き出した。
「結局飲むんだな……まあ面白そうだ、付き合ってやるよ!ところで国王様、そろそろ俺のこの姿を戻すなんて話は……」
「ふっふっふ、リンクウィンプス。イコイ殿が無事に戻れるまで、そんなことをお前から提案できる立場にはないような気がするが……?」
ですよねー、と耳をペタンと倒したリンを見ながら、憩は明日からの楽しみに期待を膨らませて、持っているポーションに口をつけた。
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