10杯目 ポーションと荒さ

「んっと、次のポーションどうしようかな……」


 テーブルに数本並べられた色とりどりの瓶を見て、憩は嬉しい悲鳴で心を悩ませていた。


「あのなイコイ、別に無理に飲む必要ないんだぞ」

 耳打ちしてくるリンに「とんでもないです!」と両手を振って否定した。


「無理になんてそんな。飲みたいものが多くてどれから開けるか決められないんですよ」


 その答えに、はあ、とため息をつくリン。テーブルに立ち、乗っていた小石をいじけてカツンと蹴りながら、「食費は俺持ちだけど嗜好品は別って言っときゃ良かったぜ……」としょげかえる。


 と、そこへ。



「おっ、ポーション飲んでる! アタシもご一緒していい?」


 高すぎずに聞き取りやすい、涼し気な声が憩の後ろから響いた。

 振り向くと、彼女より年上、30代半ばくらいの女性がニマニマと羨ましげに屋台を見ている。


「もちろんです、一緒に飲みましょう」

「ありがと。あそこの道具屋、休業してるからさ、こうして飲めるの嬉しいわ。あ、アタシはアトリー。この近くで薬師やってるの」


 凛々しい顔付きに、肘に付くくらい伸ばした真っ赤な髪。身長は憩より少し高め、165cmくらいだろうか。そしてぱっと見は痩身ながら、憩と違って出るところは出ているスタイルの良さ。


 アトリーと名乗る彼女は、店主から出してもらった椅子をズリズリと引きずり、憩とリンの後ろに陣取った。



「アンタもポーション飲みなのか?」

 リンがグラスを渡しながら尋ねる。


「ええ、好きよ。甘い・辛いとか色々あって楽しいわ。グラスありがと、可愛い猫ちゃん」

「俺は人間だ! 王直轄、モンスター討伐局期待のホープ、リンクウィンプスだぞ!」


「あっ、君が有名なリンクウィンプスね。いつも王様に怒られて猫にされてるっていう」

「ぐうう、クソッ、どこまで変な噂が回ってやがんだ!」

 左右の肉球で顔を押さえて呻きながら、ゴロゴロとテーブルを転がる。



「アトリーさん、憩って言います。よろしくお願いします。リンさんに間違って転移させられて、最近ヒーレ王国に来ました」

 その自己紹介に、アトリーはブフッと吹き出す。


「そりゃあ災難だったね、お姉さん。貴女もにポーション好きなの?」

「ええ、元いた世界のお酒に似てて美味しいです。早速なんですけどアトリーさん、次どれを飲むか迷ってるんですけど、オススメありますか?」

「お、オススメか! んっとね……」


 アトリーは立ち上がって、テーブルの奥に並べられたポーションの瓶を食い入るように見る。やがて、真っ白で細長い瓶を手に取った。



「これいいよ。たしか最近造ったばっかりで荒いんだ」

「あ、いいですね。みんなで飲みましょう!」


 女子2人でキャピキャピと盛り上がり、その白い瓶のコルクを開けた。


「リンクウィンプス、飲もう飲もう!」

「あ、ああ……」


 楽しそうな憩とアトリー。勢いに気圧されるリン。寝てはいないもののほぼ意識はなくなって頭を左右に揺らしている老爺の店主。

 用意された3つのグラスに、アトリーが軽く山吹色が映えるポーションを注いだ。


「よし! じゃあ、出会ったのも何かの縁ってことで、乾杯!」


 アトリーの威勢の良い掛け声で、憩もリンも、彼女とグラスを交わした。ぶつけた反動のように、憩は一気に手元に引き寄せ、香りを立たせるように啜る。



 飲む前から感じられたのは、薄いレモンバームを思わせる、ハーブのような爽やかな香り。


 口に含んでみると、白い瓶で想像される清涼感を裏切らないフレッシュさ。一気にアルコール感が攻めてきて、舌は防戦一方に。はっきりとした辛味と、ちらちらと遊びに来る酸味が、味の深みに一役買っている。



「うん、荒いですね。でも美味しいです、アトリーさん!」

「でしょ! これが結構クセになるのよ」


 そのやりとりを聞きながら、リンはちょいちょいと憩の二の腕を覆う袖を引っ張る。


「なあなあ、アラいって何だよ。造りが粗くて味が大雑把ってことか?」

「リンさん、考えましたね。でも違います」


 グラスを持って、口に近づける憩。飲むわけではなく、ペロッと出した舌を自分で指差した後に話を続けた。


「口に含んだときに、一気に味が来るというか……アルコールの刺激が押し寄せてくるようなお酒を『荒い』って表現するんです」


 その解説に、アトリーは艶美な体を揺らしながら「分かってるね、イコイ!」と肩を叩いて説明を加える。


「ポーションだけじゃなくてお酒全般そうなんだけど、完成してからしばらく寝かせた方が、アルコールの状態も味わいも安定してまろやかになるの。もちろん荒いのがダメってわけじゃなくて、『若々しくて良い』って人もいるしね」

「へえ、好みが分かれる酒ってことか」

「リンさんはどうですか? 荒いお酒」


 その質問に、椅子の上のクッションに座り直り、「んん、どうかな……」と腕を組むリン。もう一度味見をし、口の周りをペロペロ舐め回しながら考える。


「俺は荒くない方が好きだな。もう少し口当たりが落ち着いてる方が、香りもしっかり楽しめるし」

「そうです! そうやって好みのお酒を見つけていくのが楽しいんです!」

「どわっ!」


 陶然とほろ酔いになった楽しげな表情で、グーッと顔を寄せる憩。急な顔面のアップに、リンはちょっとした気恥ずかしさがあるのか、目を斜めに逸らした。


「猫ちゃん、君もいい呑み助になるかもね!」


 ぎゅうっと後ろからリンを抱えるように抱くアトリー。その豊満な胸に下半身を飲み込まれた彼は「だからリンクウィンプスだっつってんだろ!」と訂正しつつ、ヒゲをピンと張って照れたような表情を見せている。


「イコイ、しばらくこの町にいるの?」

「いいえ。明日には次の町に行って、また別のポーションを飲もうと思います」


 その返事にアトリーは、「いいね! アタシもそんな旅行してみたいなあ」と大声で笑いながらポーションを手酌した。


「ここが国の南西端って聞いてるので、ここから東に進んでバークレンの町に行こうかなって」

「そっか。確かにカラビンの町は道具屋はないから、バークレンまで行くしかなさそう。結構離れてるから、長旅になりそうね」


 グラスのふちをなぞって、器用に高低の音を鳴らすアトリー。

 「気を付けてね」と穏やかに笑う彼女の赤い髪を、ようやく胸から脱出したリンが「すげえ綺麗な色だな」と肉球で揺らした。



「馬車代やポーション代は、転移間違いのお詫びでリンさんに出してもらえるので、気ままな旅ですよ。あっ、今日のこのお酒も、出してもらえますからね!」


 途端、リンが恐ろしい敏捷性で憩の方を振り向く。


「ちょっと待て! イコイのは出すけど、この女が飲んだ分は自腹に決ま――」

「ホント! よし、じゃあもう一本、アタシのオススメ開けよう!」

「ざけんなこら! 何で俺が3人分払うんだよ!」


「お爺さーん……ううん、寝ちゃってますね」

「いいよいいよ、イコイ。勝手に開けて、飲んじゃお。猫ちゃんも飲む?」

「話聞け! 尻尾で叩き潰すぞ!」



 少し冷えた風が屋台に纏わりつき、木の柱とテーブルをカタカタと揺らす。しかしポーションで体を温めている3人は、肌寒さも感じないままに、大騒ぎ。



 こうして、呑み助のご機嫌な夜は過ぎていく。

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