4杯目 ポーションと本醸造酒

「お兄さん、次は醸造アルコールが入ってるお酒、頂けますか?」

「はーい、じゃあ出しますね」


 棚を開けて、ガサゴソと漁る若い店主。

 その間に、リンは憩に耳打ちする。


「お前な、コイツだって暇じゃないんだぞ。そろそろ客も入ってくるだろうし」

「お客さん入ってきたら、放っておいてもらいましょう。勝手に飲んでればいいんですから」


 返事の代わりにわざとらしい溜息をついて肉球で頭を抱えるリン。

 小さな声で「酒で俺の貯金が消えちまう……」と呟く。



「2人ともお待たせ。これが醸造アルコール入ってるポーションだよ。磨きが違うもの、2種類ね」

「わあ、ありがとうございます!」


「お姉さん、ポーション好きだね。結構飲めるクチ?」

「いえいえ、舐める程度ですよ」

 リンが「嘘つけ」と言いながら、彼女の腕に尻尾でツッコミを入れた。


 憩がガラス瓶を手に取って、しげしげと眺める。

 これまで見たものより凝った作りで、外側に波のような模様の細工が施してあった。



「なあイコイ、なんで醸造アルコールなんて入れるんだ?」

「元々は防腐の目的だったんです。衛生管理がちゃんとできてないと、発酵のときに雑菌やカビに汚染されてしまうことが多かったので」

「なるほど、それでわざとアルコールを混ぜて、酒の劣化を防いだのか」


 2人のやりとりに、店主は「詳しいね、お姉さん!」と嬉しそうに目を丸くする。


「もっとも、最近は品質管理もちゃんとできるようになったから、防腐の目的は少ないんだよ、猫さん」

「猫じゃねえ! リンクウィンプスって名前があんだ!」

 牙を精一杯剥き、ゴロロロと喉を鳴らすリン。店主はニッと口元を緩め、「そっかそっか、ごめんね、リンクウィンプス」と返した。



「でね、リンさん。今の主な目的ですけど、1つは香りをたたせることですね。このお酒の香りって、水よりもアルコールの方がより溶けるんです」

「ってことはより華やかな香りになるのか」


 新しいグラスに注いでもらったポーションを鼻に近づけ、匂いを楽しむ憩。

 少し若いメロンのような酸味のある香りが、お酒を待つ胃を刺激する。


「もう1つは味の変化です。多分ポーションもそうだと思いますけど、醸造アルコールがシャーリの糖分を抑えてくれるんです。だからスッキリした味わいになるんですよ」


「ふうん、なるほど。必ずしもシャーリとコージュだけで造ったポーションの方が良いってわけじゃないんだな」

「そうなんですっ!」

「おわっ!」

 急に顔を寄せた憩に、リンは吃驚して1歩後退した。


「日本酒もポーションも、種類によって味わいが全然違うんです! 純米酒が良いとか高いお酒が良いっていうわけじゃない、自分にあったお酒を探し歩くのがとっても楽しいんですよ!」

「あ、ああ……そうみたいだな……」


 若干当惑しながら頭を掻くリン。「ヒーレでも指折りの呑み助だ……」とかぶりを振る。



「ささ、飲んでみて。今注いであるのは、磨き7割のやつだ」

「7割ってことは、シャーリの外側3割を削ったんだな」


 店主の紹介に答えるリンに、憩は「リンさん、だいぶ分かってきましたね」と喜びながら、そのポーションを飲む。



 さっきのメロンの香りを感じつつ、旨味のある口当たり。クイッと飲み干すと、醸造アルコールらしい爽快な後味。

 たくさん煽って飲み疲れたときにも、こういうお酒ならスッと入ってくる。普段使いにちょうど良さそうな、べったりとしない、飽きの来ない味わい。



「おお、さっきのシャーリとコージュだけのと全然違うな。スッキリしてる」


 リンが興奮して尻尾をピンと立てていると、奥手にある水道でグラスを洗ってきた店主が、タオルでそれを拭きながら戻ってきた。


「飲み心地がさっぱりしてますよね。ホントに日本酒と近いです」


 異世界で自分が好きなお酒に巡り合えたことに、憩は無性に嬉しくなりつつ、頭の中で分類を思い出す。



 磨き7割、つまり精米歩合70%以下の醸造アルコール入り日本酒は、「本醸造酒」と呼ばれる。

 そして50%を切ると、「大吟醸」と呼ばれる日本酒になる。

 もしそれに醸造アルコールが入ってなければ「純米大吟醸」だ。



「お姉さんが飲んでるニホンシュってのも、結構ポーションに近いんだね」

「はい!」


 頷きながら、ピンク色のガラス瓶を取ってゆっくり回す憩。店に射し込む陽光を吸収し、酒の表面がキラキラと乱反射した。



「で、こっちは僕も一緒に飲もうかな。最近入荷した、磨き4割のポーションだ」

「すごい、大吟醸!」

 新しいグラスが3つ用意され、半分ほど注がれた。


「ったく、仕事中なのに飲んでいいのかよ」

「趣味でやってるような店だからね、飲みすぎなきゃ大丈夫だよ」


 そんなもんかねえ、と相槌を打ちながら、リンは軽く左右に揺れている。

 どうやら小さい体の分、酔いは回りやすいらしい。


「それでは、今日の出会いに、乾杯です!」

 みんなでカツンとグラスを合わせ、リンもスッと口に含んだ。



 飲む前から鼻をくすぐっていた、チューリップのような華やかな香り。それを吸いこむだけで、花色の幸福感を感じられる。

 飲み口はサラリとしていて、シャーリとコージュだけで造ったポーションほど糖分が全面に来ない。穏やかな甘みが舌を刺激し、そして飲みこむと驚くほどスッと消えていく。



「こいつは飲みやすい! 俺はこういう酒が好みだな!」

「なるほど、リンさんはスッキリ感のあるお酒が良いんですね」

「いやあ、僕もここまで爽快なのは久々に飲んだよ。うちの一押しにしよう」


「お兄さん、もう一杯お願いします」

「お姉さん、飲みっぷりいいね!」


 店主と同じスピードで間に飲み干した憩は、ニコニコとグラスを差し出し、お替りをもらう。



「……なあ、イコイ。お前さ、つまみとか食わないのか?」

 リンが、「ずっと聞こうと思ってたんだけどよ」と、昨日からの疑問を口にする。


「酒場に行ってビールやウィスキー飲むときは、大体何か食べるぞ。チーズとか芋の炒め物とか」

「ああ、ええ、私あんまり食べないんですよね。お酒だけで十分美味しいですし。それにここ、道具屋さんですから、そもそもおつまみ無いと思いますよ?」

「そりゃそうだけどよ……」


 なんかちょっとくらい無いのかよ、という目でリンが店主をジロリと見ると、彼は「あっ、ちょっと待って!」と言って奥に引っ込んでいった。



「お待たせ。これなんかどうだい? 少し西の海で取れた塩だよ」

「はああ! 塩!」

「わああ! 塩!」


 ユニゾンで返事する2人。リンは驚きの余り、左右に揺れながら全身の毛を逆立てる。


「イコイ……お前、塩でいいのか……? ただの塩だぞ……?」

「はい。家では塩で飲むこともありますし」

「おっ、ツウだねえ、お姉さん! もう一杯いこう!」



 客が来ないまま、グラスを重ねる店主と憩。

 リンは「ソーセージとか食いてえなあ」と愚痴りながら、グラスに残ったポーションを飲み干してでっぷりと横になった。




 こうして、呑み助の今日は過ぎていく。

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