【89滴+】幼き日2

「ほら! お前も来いって」


 そしてそんな真守に触発され、優也は高鳴る鼓動と共にブランコを漕ぎ始めた。勢いもつき始めた頃、またもや心の奥底から『怖い』が這い出す。それはまるでブランコの先が化け物の蠢く暗闇ように見せた。瞬く間に恐怖に支配された優也の顔は青ざめ思わず漕ぐのを止めて俯いてしまう。


「大丈夫だからとべ!」


 だが顔を上げてみると、そこでは暗闇なんか吹き飛ばすほどキラッキラと輝いた真守が手を差し出していた。


「お前ならできるって!」


 その心強い言葉に、その表情に優也は希望に満ちた笑顔を浮かべた。


「うん!」


 そしてもう一度ブランコを漕ぎ始め、今度は彼のように勇気という名の翼を広げ――飛んだ。お世辞にも大空とは言えない高さだったが、その景色はどの山頂からの絶景にも劣らないほど美しく、達成感に溢れキラッキラした光景だった。

 だが有り余る程の高揚感を胸に眼前の景色へ目も心も奪われていた優也は、着地することを忘れそのまま不時着。


「まじかよっ!?」


 豪快に地面を滑った優也に真守は慌てた様子で近づいた。そして地面にうつ伏せのままの優也に恐々と声をかける。


「だ、大丈夫か?」


 起き上がった優也の顔は小さな傷と土だらけ、おまけに膝からは思わず目を背けたくなる流血。しかしそれとは相反し表情には満面の笑みが浮かび『満足』の二文字に満ち溢れていた。


「君の言ってた通りキラッキラしてたよ」


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「あの後、真守は先生に怒られてたっけ。結構怒鳴られてたな」


 思わず優也は思い出し笑いを零した。


「よく考えてみると幼稚園って色々なことがあったよなぁ。愛笑や真守と出会ったのも幼稚園。健君が引っ越しちゃったのも幼稚園。初めて一人でおつかいにいったのも幼稚園……」


 すっかり幼き頃の想い出の旅に出た優也は無意識的に歩を進め園庭を歩いて回っていた。そしてジャングルジムの前で立ち止まると徐に登り始める。あの頃は登るのも一苦労だったジャングルジムも大人になった優也なら苦労なんてない。吸血鬼となったなら尚の事。

 それに加え登る速度だけでなく上から見える景色も随分と変わってしまっていた。


「小さい頃は何でもスケールが大きく感じてよく感動してたけど、大人になるにつれてそういうのも少なくなってきた気がするな」


 そんな独り言を呟きながら懐かしのジャングルジム上から園庭を眺める優也だったが、下の方に自分のものではない影があるのに気が付いた。ジャングルジムから飛び降り近づいてみるとそれは幼子の形をした影塊でそれが横たわっている。手を伸ばし触れようとすると影は地面に沈んでいった。かと思えば園舎側から三人に増えた幼子の影がジャングルジム目掛け走って来た。競争しているのか我先にと頂上を目指し登っていく。

 そして一番最初に頂上に着いた幼子は鉄の棒を掴む手を離して高々と両手を上げた。しかしまだ運動能力が低い所為でバランスを崩してしまうと、地に向かって背中から落下。他の二人はジャングルジムに掴まったまま落ちていく幼子を顔だけで追っていた。

 そんな幼子は優也の目の前に落ちると地面で一度小さくバウンドし、ピタリと動かなくなってしまった。一方でジャングルジムから降りてきた他の二人は慌てて駆け寄り、優也はその場にしゃがみ幼子を見下ろした。


「それと、初めて入院したのも幼稚園。真守と健君と、誰が先にジャングルジムに登れるかっていう競争をした時に、いつも負けてばっかだった僕が初めて一番になれて、嬉しさでつい手を離して落ちちゃったんだよね。そして目が覚めた時には病院のベッドの上だった。母さんによると二日間目覚めなかったらしいけど。本当に心配かけちゃったな」


 優也はゆっくりと幼子の影、自分へ手を伸ばす。


「二日間僕は意識が無かったって言われたけど、実は不思議な場所に居たんだよね。今の今まで忘れていたけど。その不思議な世界で確か誰かに会った」


 徐々に思い出していく優也の手が幼子の影の肩に触れると影全体が渦を巻き始める。渦は影の黒さを呑み込むと、眩い程の光を放った。あまりの光に思わず目を瞑る優也。

 少しして目を開ける頃には辺りの景色は一変していた。快晴の空にどこまでも続く草原、ぽかぽかと温かく心地よい風が吹いている場所へと。


「ここだ。あの日ここで僕は……」


 懐かしいという感情を胸に辺りを見回す優也。その後ろに人影は現れた。ゆっくりと振り返りその人影を見ると優也の顔に自然と笑みが浮かぶ。


「君と会ったんだ」

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