【90】アレクシス・D・ブラッド

優也の前に現れたのは切れ長の目で少し長めの髪をオールバックした無表情な男。細長い銀色の弾丸のネックレスをつけ両手をポケットに入れた男からはクールさと同時にどこかライオンのような威圧感が感じられた。


「あなたがアレクシス・D・ブラッドさんだったんですね」

「そうだ」


男の低い声は話すのが得意ではないのかそれとも好きでないのか静かだった。


「でも、あの頃は僕とあなたに接点は無かったはずなのにどうして会えたんですか?」

「さぁな。ひとつ言えるのは、あの時、お前がここに来たってことだ」

「ここって...?」


優也は呟きながら辺りを見回す。


「俺の精神世界だ」


すると突然、辺りが大きく揺れた。地震というよりは世界が、空間が揺れていた。


「あまり時間はないようだな」


アレクシスは軽く草原を見渡しながら焦る様子もはなく変わらぬ口調で言葉を口にする。そして視線を優也へ戻すと彼の目の前まで足を進めた。


「手を出せ」


突然そう言われ優也は少し戸惑いながらも掌を上に向けた右手を差し出す。アレクシスは中指と小指に指輪、手首にブレスレットをつけた右手をポケットから出し、掌を下に向けると優也の手の真上(少し距離を離した場所)に伸ばした。するとアレクシスの手の表面にいくつか赤い血滴けってきが現れ始める。当然アレクシスの手にはケガも何もない。だが現れたそれはポタッ、ポタッと1滴2滴と滴っていく。落ちていった血滴は優也の手に落下するのではなくその一歩手前で水面に落ちる水滴のように波紋を広げ消えた。


「お前に残せた力は一部だけだ。ほとんどはあの野郎に持ってかれたからな」


血滴が落ちる度、優也の手の少し上の方に、徐々に何かが形作られていた。朱殷しゅあんのような色をした何かはゆっくり完成を目指す。


「正直言ってこいつがあってもあの野郎に勝てるかは分からん」

「僕次第ってことですか?」

「あぁ」


形作っていた何かはどんどん進み模様の彫られた柄を形成していた。まだ現れてないがこの先に刀身が待っていることを予想するのはそう難しなく、優也も刀剣の類だろうと思っていた。


「こいつを扱えるかどうかで変わるはずだ」

「剣術ってことですか?」

「やれば分かる。その為には...」


アレクシスが言葉を阻むかのように辺りに爆音が響き渡る。2人は爆音のした方向、のどかな草原に立ち昇る不審な灰色の煙の方へ顔を向けた。優也は煙の中が見えないか目を凝らしていたがアレクシスは焦った様子で舌打ちをすると優也の方に顔を戻す。


「おい。聞け」


その声に顔を戻す優也。


「いいか。こいつを扱うためには、」


アレクシスの言葉を遮りたかったのかたまたまのタイミングだったのか重要なことを言おうとした彼を地面から飛び出した朱殷色の円錐型の針が貫く。鋭利な先端は肉を貫き鮮血を浴びる。腹、右肺、右腿、左足、左二の腕。計5本が体を貫いた。それでもなお右手からは血滴が続く。


「アレクシスさんっ!」

「こんなとこに隠れてたのか」


煙の中から歩いて出てきたのは左手で狼の首を鷲掴みにしたユウヤ。


「完全に分離させたせいでコイツから居場所を見つけられなかっただろーが」


ユウヤは話しながら左手に持ってた狼を前に突き出すと首を握りつぶす。すると狼の全身は光に変わりユウヤの腕に吸収されていった。


「こっちを見ろ」


突如現れたユウヤに意識の集中をもっていかれていた優也はアレクシスの少し大きめの声に呼び戻される。


「いいか。こいつは与えることで見返りをよこす」


ユウヤには見向きもせず痛みに耐えながら先ほどの続きを話し始めるアレクシス。その間にもユウヤは1歩1歩と歩みを進めていた。


「でも、それどころじゃ...」

「聞け。重要なのは与えられるかだ」


アレクシスは目で「分かったか?」と確認した。それを読み取った優也は何度か頷きながら返事を返す。


「はい」


優也が返事を返すと目の前でアレクシスの伸ばしていた右手が下から振り上げられた刃物に斬られた。二の腕辺りを斬られた腕は血を上空に舞わせながら肩へ別れを告げる。同時に血滴も止まり柄と半分しかない切り目が雑な刃だけが残り優也の手に落ちた。腕を斬られた際に円錐型の針は消え、ユウヤはアレクシスのすぐそばまで来ていた。手に持っていた何の装飾も無い剣を手元から消したユウヤはその素手になった手でアレクシスの胸をひと突き。


「それを扱っていた俺は吸血鬼でお前も吸血鬼だ。忘れるな。あとは...、お前がやれ」


胸を貫かれながらも、アレクシスは優也に話し続けた。そして優也がアレクシスの元に急ごうと足を上げると円錐型の針が檻となって周りを囲む。


「アレクシスさん!」


囚われ叫ぶことかできない優也。


「今まで仲良くこの世界にいたってのに無視するなんて悲しいだろ」

「うるせぇな。傀儡野郎」

「おいおい。ひどい言われようだな。俺にだって意思ぐらいあるんだぜ」

「意思?あの野郎共が組み込んだ術に従っているだけだろ」

「生みの親を悪く言うんじゃねーよ」


そう言いながらもユウヤの顔には笑みがあった。


「安心しろ。最後は孤独で過ごしたお前にできた唯一の友が息の根を止めてやるよ」


『友』。それが誰を示しているのか分かり易く説明するためかユウヤは左手を自分の胸につけた。


「俺に友なんて者はいない。いや、22年程前に物好きが1人いたな」


嬉しさが漏れたのか無表情だった顔が少し緩む。


「誰だ?嫉妬しちまうだろ」


だが声にも表情からも嫉妬は感じられない。


「最後に言い残したことはあるか?」

「ねぇ。。。が..」


アレクシスは残った左腕で自分の胸に刺されたユウヤの腕を下から突き上げへし折った。そのことにユウヤが気を取られている間に肘の部分があらぬ方向に曲がったその腕を引き抜く。ぽっかりと開いた穴からはその大きさとは比例しない少量の血が流れていた。


「やり残したことはある。お前に一発喰らわせることだ」


拳を握ったアレクシスがそう続けている間にユウヤは折れた腕を無理やり正常な形に戻した。


「残念だがそれはもう叶わねーな。今のお前は力もなければ死にかけだ」

「お前ごとき殴るのに力もいらない。それにこれぐらい動ければ十分だ」


アレクシスは強がりなどではなく本気で言っているのだろう目がそう語っていた。


「万全の状態から力を奪われたことを忘れたのか?」


堪えられきれなかった分の笑いが言葉と一緒に出てきたユウヤ。


「それも与えられた力のおかげだろ」

「おいおい。あれはそうバンバン使えるもんじゃねーんだよ。分かるか?使いどころってやつが大事なんだよ」


右腕と胸の穴から外出していく血液のせいかアレエクシスは一瞬ふらついた。それを見ていたユウヤはまたもや笑みを浮かべる。


「そろそろやらねーとやばいんじゃないか?叶わぬ願いの為に頑張ってみろよ」


ユウヤは嘲笑を見せる。それが癪に障ったのかアレクシスは何も言わずに一気に間合いを詰めた。瞬時に顔先まで迫られたユウヤだがその表情には相変わらずの余裕が伺える。アレクシスは上げた右足でその余裕気な顔に一杯食わそうと蹴りかかった。だがその顔に嘲笑が残ったまま右足はあっけなく掴まれて防がれる。


「俺はてっきり殴られるのかとおもったけどな。それともあの言葉はフェイクか?」


アレクシスは何も答えぬまま血の止まらぬ右腕を振り血液を飛ばした。血液は目に飛び散り一時的に視界を奪う。不意のことに思わず右足を掴んでいた手を離し両目を覆った。


「クソッ!」


少しよろめきながら数歩退くユウヤをゆっくりとした足取りで追うと左手で拳を握り、力の限り全力で殴った。地面に這いつくばらせることは出来なかったがかなりの力がユウヤの顔面を捉えた。


「これで少しはスッキリした」


そう言いつつも変わらぬ無表情のアレクシスを地面から生えた2本の円錐型の針が襲った。円錐型の針は両肩を貫通し足を地面から離す。


「いってーじゃないか」


殴られた衝撃でずれた顎を直しながら顔を上げるユウヤ。そして口に意識を集中させながらもごもごとすると、口の中のものを受け皿のようにした右手に吐き出す。右手に吐き出されたのは少量の血と奥歯。


「俺の歯が折れちまっただろ」


ユウヤは近づきながら人差し指と親指で挟んだ歯を見せた。だがアレクシスは全く興味なさそうにしている。


「お前のせいで折れたって言ってるんだよっ!」


僅かに怒声の混じった声で叫びながらアレクシスの顔を掴んで固定し、持っていた歯を左目に突き刺した。痛みに顔を歪めるも苦痛の叫び声は上げない。ユウヤが顔から手を離すとアレクシスの顔は俯いた。


「ふー」


ユウヤは気持ちを落ち着かせるためか息を吐いた。


「これで終わりだな。あんなやつのために無駄に力を消費しなればもう一発ぐらいは殴れたかもしれないなぜ」

「それも悪くないがあいつがお前を殺してくれる方がいいからな」


ユウヤは嘲笑を通り越したのか呆れたと言った表情を見せた。


「肉体を失って長い時間こんな世界に居たせいで勘が鈍ったんじゃないか?――そんなもんじゃないな。錆びついてやがる」

「それは今に分かる」


そのアレクシスの声はよりか細くなり生命の炎が消えかかっているようだった。


「せいぜい俺の中で自分が間違ってたって後悔するんだな」

「そう簡単に俺を消化できると思うなよ。隙を見せればすぐに喰らう」

「もうお前には何もできんさ」


ユウヤは胸の穴に右手を突っ込んだ。


「おっと忘れてたぜ」


そういうと手を引き抜き血まみれの手でアレクシスの顔を一発。


「お返しだ」


満足気にそう言うと再び胸に手を突っ込み心臓を優しく掴む。


「じゃあな。アレクシス・D・ブラッド」


ユウヤの手に力が加わり心臓は豆腐のように潰れた。そしてアレクシス・D・ブラッドの体は光を放ちユウヤに吸収されていく。徐々に薄くなっていくアレクシスは円錐型の針の檻に閉じ込められた優也と目が合うと微笑んだ。

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