【91】吸血鬼の血化羅

アレクシスが跡形もなく吸収されると優也を囲っていた円錐型の針は消えた。


「あとはそれだけだ」


まだ半端な刀を指差すユウヤ。


「俺は強欲だからな最後の一滴までいただくぜ」


優也は手に握られた刀に目を落とすと銃弾の十字架が描かれた柄を力強く握りしめる。顔を上げるとその眼差しは真っすぐユウヤへと向けられていた。


「悪いけどそうはさせない」


そう言いながら優也は刀を向けた。


「そうじゃなきゃ面白くねーからな」


するとユウヤは腕を前に出し立てた人差し指を挑発するように手前に何度か倒した。


「精々楽しませろよ」


優也は刀を構えて走り出し、その様子を動かず見ているだけのユウヤ。そしてあっという間に接近すると中途半端に中断されたせいか切れ目に先端が鋭くなった山がひとつできていた刀を突き出す。その部分を刺そうと突き出された刀だったが、薄い皮膚すら貫通することはできなかった。傷ひとつ付けられないという事実に思わず目を瞠る。そんな彼の頭をユウヤが軽く叩いた。だが、その威力は見た目とは反比例しており全力で殴られたように地面に叩きつけられる。優也はすぐさま反撃の姿勢をとると足払いをしようと左脚を振った。しかしその足が任務を成功させることはなく、踵をつけたまま上げたユウヤの足にあっけなく止められる。地面とに足首を挟まれる形で止められた足。ユウヤは彼を見下ろすと微笑み、止めた足に一気に体重をかけた。


――ボキッ!


聞くだけで痛みを感じてしまいそうな音を立てて足首の骨は折られた。その痛みに歯を食いしばる優也だが、すぐに刀を握る手に力を入れ振ろうとする。だが今度は刀を振ることすら許されず足首を折ったユウヤの足に腹部を蹴られ飛ばされた。何度も地面に叩きつけられながら目が回るほどの速さで転がってゆく。果てしない草原をどこまでも行ってしまいそうなほどの勢いだったが、すぐに何かにぶつかり優也は止まった。彼を止めたのは壁。先ほどまでは確実に無かったはずの朱殷に染まった壁。優也はその壁に背中をつけて体を支えながら起こす。起き上がった彼の目には長閑のどかな草原に出来た格闘技リングのように周りを囲った異様な壁が映る。だが優也にとって一番の問題は見渡す限り壁の内側のどこにもユウヤの姿がないことだった。


「逃げだされたら面倒だからな」


声が聞こえたかと思うとユウヤはすぐ目の前に現れた。目と目が合うと優也は蟀谷こめかみに蹴りを喰らい、再び地面に倒された。


「曲がりなりにも吸血鬼ってわけか」


ユウヤは起き上がろうとする優也の、骨折が治った足首を見ながら言った。そしてその場にしゃがみ込むと一度折った左足を両手で掴む。その手に力が入ると棒っ切れを折るように簡単に足の骨を折った。叫び声を上げるもすぐさま右足でユウヤの顔面を狙う。だが気配でも感じ取ったのか視線を向けることなく左腕を上げ防いだ。しかし優也にとってそれは予想済みだったのか防がれると同時に刀を目に向け投げつける。今度は目玉だけを動かし刀を確認すると身を少し後ろに引きながら右手で弾いた。刀はクルクルと回転しながら後ろの方に飛んでいき地面に刺さる。優也はその間に防がれた足を下ろしもう治った足で顎を蹴り上げた。ユウヤは刀を弾いた手で顎を蹴り上げた足を掴むと、青い大空を見上げた顔をゆっくりと戻す。


「思ったよりは早いじゃねーか」


折った部分、足首の部分を見ながらそう言うと、優也を軽々と後ろに投げ飛ばした。刀のように回転していた優也は空中で何とか体の制御権を取り戻し体勢を整える。そのおかげで無様な着地にはならず満点がもらえそうなほどの見事な着地を決めた。しかし慣性の法則という避けられないものにより、すぐには止まらず草原をしゃがんだ状態のまま後方に少し滑る。そして丁度止まった場所には偶然か先に弾き飛ばされた刀が刺さっていた。それを確認するとその柄に手を伸ばし抜き取らず掴む。


「(このままだとヤバいよね。アイツと僕には天と地ほどの差がある。どうすればいい?)」


優也は心の中で考えを巡らせる。


「(まず今分かってることを整理しよう。この刀の刃は通らないってこと。正面から戦っても勝てないってこと。それとアレクシスさんの言っていた『与える』っていうのが何なのか全く分からないってこと)」

「ビビッてこれねーんならこっちから行くぜ」


ユウヤがそう大きな声で言うと右足を上げ地面に叩きつけた。足元を中心に円型でヒビが入るのと同時に優也に向かって一本の線を描くようにヒビが伸びていく。そのヒビは優也の手前で止まったかと思うと足元から複数本の円錐型の針が突き上げるように飛び出してきた。優也は地面が盛り上がった瞬間に刀を抜き跳んで上空に逃げる。


「(ん~、全部悪いことじゃん。何かいい情報は...)」


攻撃を避けながら今までのことを思い出しつつ何か付け入る隙がないかを思考する。だがその間も時が止まるわけではなく、円錐型の針の先端が手に姿を変え逃げた優也を捕らえようと伸びた。足首を掴もうとしたその手を刀で斬って退かせる。1本、2本、3本...。だが斬っても斬っても伸びてくる手に段々と処理が追い付かなくなり、ついにはその手に掴まれてしまう。すぐに斬り離そうとしたがその前に地面へと叩きつけられた。そして優也を叩きつけた手はそのまま消えていく。優也は地面に仰向けになりながらある出来事を思い出した。それは先程の出来事であり、ユウヤが刀を弾き飛ばしたこと。


「(あれ?最初に攻撃した時は避けなかったのにあの時はわざわざ弾いたのはなんでだろう?しかも体も少し引き気味だったきがする)」


空を眺めながら引っかかりを見つけたかと思うと横に転がり出した。間一髪で先ほどまで彼が居た場所に両側が鋭くなった細く長い針が数本降ってきて刺さる。どんどん転がる優也を追うように針は落ちては地面に刺さっていった。優也は5m程転がるとその勢いを利用しそのまま立ち上がる。だが立ち上がった優也の両側にはノアの鬼手のようだが手首には何もない前腕が生えてきた。


「(さすがに目とかは刃も通るのかな?構造的には吸血鬼も人間と大体は同じだし目は弱いのかな。でも、この刀のことが分かるまではそこを狙うならそこしかないか)」


2本の前腕は拳を握ると挟むように振るが、優也にその場にしゃがまれて躱されると頭の上でぶつかり合い炸裂するように無くなった。そして優也は低い姿勢からスタートダッシュをするように走り出す。一方、朱殷色のアサルトライフルを手元に出したユウヤは銃口を前に向けると引き金を引いた。優也は進行を妨げようとするその銃弾を躱し弾きながら止まることなく進んでいく。そして減速することもなく足元まで接近した優也の一振りをアサルトライフルが受け止めるともう用済みと言うように投げ捨てて消した。そして1振り目を防がれた優也は目を狙いつつどんどん仕掛けていくがそう簡単にはいかず全て防がれてしまう。その間もわざと激しい攻防をしているようにも見えるユウヤは笑みを浮かべていた。それからしばらくその攻防戦は続いたが飽きたのか優也が弾き飛ばされそれは終わった。


「この力には創造意欲をかきたてられるぜ」


するとユウヤは感心するように言いながら自分の手を眺めた。


「お前はアイツの、アレクシス・D・ブラッドの力がどういうモノか知ってるか?」


だが優也は返事はせずただいつ動き出してもいいようにじっとユウヤを見つめていた。そして頭ではまだ半端なこの刀のことを考えていた。


「さすがに知ってると思うが吸血鬼ってーのは個体によって扱える力が異なる。だがその根源は同じだ」


ユウヤが手を広げると掌の上には朱殷色のおもちゃの人形が持っていそうな程小さな銃が現れた。それは少し浮いており様々な武器へと姿を変えてはまた変える。


血化羅ちから。その源にあるのは血だ。それが形を変えそれぞれの武器になるってわけだ。普通は1種だが優秀な奴は2~3種扱えるらしい。アレクシスが扱えたのは2種類だ。それだけみればただの優秀なやつだが、こいつの血化羅は少し違った。他の奴らは銃器や刀剣、体の一部を血化羅としてたが、こいつのは”血液”だ」


掌で姿を変え続けていた武器はピンポン玉ぐらいの丸い血液の球体に変わった。


「まぁ、こんな話お前にはどうでもいいか」


そう言うとユウヤは掌で浮いていた球体を握りつぶした。


「そんじゃ、ステージ2だ」


すると彼の言葉に反応したように辺りが一変した。足元の草原は枯れて無くなって砂地に変わり、周りの壁は円形を形成。その向こうには中心側に下る斜面の観客席があった。ぐるりと観客席に囲まれた円形の空間はまるでコロッセオ。観客はいないがどこか見世物にされているよう気分させた。そして最後の仕上げといわんばかりに地面には様々な種類の刀剣が突き刺さる。


「ほら、自由に使えよ」


ユウヤは近くにあったサーベルを引き抜きながら言った。


「そんなボロい刀じゃいつまで経っても俺は殺せねーぜ」


剣先で優也の握る刀を指す。だが優也は刀から手を離すことはなく、むしろより一層握る手に力を入れた。

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