【92】力の差
闘技場という舞台で行われた優也vsユウヤの対戦カード。観客はいなかったがユウヤには歓声が聞こえているのかそれに応えるように動き出す。初めて先に仕掛けたユウヤだったがその一刀目は顔の前で傾けられた刀に受け止められた。だが鍔迫り合いはせず、振り上げては斬りかかり、振り上げては斬りかかるを繰り返す。数回サーベルを受けると優也も反撃を試みるが刀が血を浴びることはなかった。それからも鎬を削り合っていた2人だがユウヤの顔にはずっと余裕の笑みが浮かんでいた。右から左へサーベルを持ち替え、無駄に身を回転させ、近くの地面に刺さっているショーテルを抜き二刀流にしたかと思うと二本とも投げ捨て別の刀剣を抜く。闘技場で軽やかに自由に動き回るその姿はまるで観客に向けパフォーマンスをしているようだった。そしていつの間にか優也は闘技場の中心で四方八方から次々と襲い掛かる攻撃を防ぐので精一杯という状況へ追い込まれていた。何とか防げてはいたが次第に一刀一刀の間隔が短くなっていき反応が追いつかなくなっていく。そしてついにはその防御の漏れが傷を生む。前方から飛び掛かってきたユウヤのグラディウスの一刀を防いだかと思うとその姿は消え斜後の上から先ほどのグラディウスがその身を回転させながら飛んできた。グラディウスの剣先は頬を掠め足元に刺さる。頬に伸びる赤い一筋の傷。その漏れを境に優也の体には傷が増えていくかと思われたがそれを最後に攻撃の嵐は止んだ。グラディウスが飛んできた方向に振り返ると壁の上でユウヤが両手をポケットに入れ観客席を向いて立っていた。
「これぐらいやれば満足だろ」
どこか満足に満ちた表情でそう呟く。その背中を見ていた優也の頬に出来た傷から一滴の血が流れ出しそのまま刀を握る手に落ちた。手の甲に触れた雫の感触に視線を下に移動させる。甲にはインクを垂らしたような点とそこから伸びる線の先に小さくなった雫。吸血鬼になってから見慣れた赤い血。その血を目にすると、引き出されるように2つの言葉を思い出した。
『それを扱っていた俺は吸血鬼でお前も吸血鬼だ』
『力の源にあるのは血』
それはアレクシスとユウヤが口にした言葉。
「(僕もアレクシスさんも吸血鬼で、その吸血鬼の力の源は血...)」
確認するように頭の中で呟く。
「(ということは刀に与えるのは...血?ってこと?でもだとしたらなんでそう言わなかったんだろう。そういうことじゃないのかな?――でも今は試してみるしかないか)」
優也はそう決断を下すと掌に刃を当て握った。そして深呼吸よりは浅い呼吸をひとつすると、手の中で固定された刀を無理やり引き抜く。手の中から強引に引き抜くと吐き捨てるように血が地面に飛んだ。その間も閉じた手からは小指真下にある皺に沿って鮮血が速いテンポで滴っている。そしてその手を刀の上に移動させると刀身に血液を垂らす。次々に着地した血滴は刀身を流れては地面に落ちていった。血滴が落ち流れる度に刀身には朱色の点々と流れの跡が残る。するとただ重力により落ちていくだけの血液が次第に刀身を包み込むように広がり始めた。自分の意思を持っているように全体に広がっていきついには刀身全てを血が覆う。その血に覆われた刀身はまるで漆で塗装されたかのように艶やかで美しかった。そして一連の光景を興味の目で見ていたユウヤは壁から場内に降りる。
「もう終わりにしようかと思ったが」
視線を優也の刀に向けながら近いていく。
「もう少し遊んでも退屈はしなさそうだな。だが、その前に...」
そう言うとユウヤはポケットから両手を出し横に広げた。
「そいつがさっきと違うってことを証明してもらおうか」
優也は何も言わず柄を両手で握ると地面を蹴り潜るように真横を通り過ぎていった。すれ違いざまに刃は脇腹の皮膚を裂いて中へ侵入し温かい体内を通って再び外界に姿を現す。この時、初めて地面にユウヤの血を吸わせた。ユウヤは脇腹に手をやり血を目視すると、体を回転させ振り返りながら付近に刺さっていたファルシオンを抜き斬りかかる。刀でそれを受け止めると金属と金属がぶつかり合う音が最後まで響く。その頃にはあまり深くなかったからなのか傷の血は止まり塞がろうとしていた。
「少しはマシになったみたいだな。これでスタートラインには立ったってとこか」
「この刀はもう君を斬れる。なのに随分と余裕みたいだね」
「はっ!余裕だ?」
鍔迫り合いの最中、一瞬たりとも力は抜いていないはずだったが突然均衡が崩れ優也が押し込まれた。瞬時に峰にもう片方の手をつけ胸前のところで何とか押し留める。
「これはただの遊びだ。余裕も何もない。ただ楽しむだけだ」
ユウヤは急に鍔迫り合いを止め、その場にしゃがむと足を払い横転させた。そして優也の体が地面に着くのとほぼ同時に剣先を下に持ち替えたファルシオンを振り下ろす。突然地面に倒されたかと思うとすぐそこまで迫る剣先。間一髪ではあったが吸血鬼の反射神経のおかげで顔到達前に防げた。だが剣先を受けた刀身にはヒビが入る。刃にヒビが入ったというよりは、先程鎧のように刀身に纏った血液にヒビが入っていた。ユウヤはそのヒビを見るとファルシオンを上に上げ再び振り下ろす。二撃目は受け止めず横に転がって躱した。ファルシオンは地面に刺さり、優也は2回ほど転がったところで起き上がり片膝立ちになる。優也はチラリと刀へ視線を向けた。その隙にユウヤはファルシオンを握っている手とは別の手ですぐ傍に刺さっていたダガーを抜き取っていた。そしてほんの数秒外れた視線が戻ってくるタイミングでファルシオンから手を離し優也の方を向きながらダガーを投げる。注意を向けている方向から飛んできたタガ―を弾くのは容易かった。だがユウヤの狙いはそこではなく弾いた際に刀身に纏っていた血が砕けたこと。下から上に振った刀の血はガラスが割れるように砕け散った。
「前言撤回だ。まだスタートラインにすら立っちゃいない」
優也の意識が再び刀に向いた瞬きほどの時間でユウヤは真横に移動していたらしく声はそこから聞こえた。ユウヤはタガ―を弾き飛ばして振り上げた状態になった手の手首を右手で握る。そして手に握られた刀を掴むと外側に力を加えて奪い取り、手首を捻り動きを封じた。
「無駄に血を使ううえに脆い。使いもんにならんな」
ユウヤは刀を眺めながらそう言うと、優也の(刀を握っていた方の)腕に刀を突き刺した。
「だが、最後の一滴まで楽しませてもらうぜ」
刀が刺ささると同時に解放された腕。優也はその刀を引き抜きながらそのまま斬りかかった。抜かれた刀は再び血を纏っておりはねた血と共に斬りかかるがユウヤは一歩後ろに下がり躱す。だがその一刀だけでは終わらず2,3,4と攻めていった。しかしユウヤは全てを下がりつつ確実に躱す。そして右腕の刺し傷が治った優也は左下で構えた刀から片手を離すと右手だけで振った。ユウヤは上半身を後ろに反らし躱すと左に一回転しながら地面の刀を抜き振り下ろす。それを受け止めると纏っていた血液が再び砕け散った。それからも激しい接近戦が繰り広げられた。互角とは言い切れず、優也は1撃与える間に傷を3つ受けていた。ダメージの差は時間が経つにつれ開いていくうえに、刀のせいで吸血鬼の生命線ともいえる血を優也は余計に消費せざるを得なかった。そしてついには傷がほとんど治癒されなくなるほどに血を消費してしまう。一方、傷だらけの優也に対しもらった傷は全て治癒しきっているユウヤ。蓄積されたダメージは動きを鈍らせ反応を遅らせその所為で受けた膝への打撃により優也は崩れ落ち両膝を着いた。すかさず彼の頭を掴んだユウヤは顔を引き寄せながら膝蹴りを喰らわせる。交通事故のような衝突は顔を反対方向に送り返した。衝突の瞬間に頭を掴んでいた手が離れ、そのまま体ごと宙を舞った優也は放物線を描いて不時着する。彼が地面に落ちるのと同時に闘技場は消え草原の景色が戻った。地上の闘争など知らん顔の青く澄んだ青空を仰向けで見上げる優也。さきほど膝をもらった鼻は折れ血が壊れた水道のように流れる。顔だけでなく体中の切り傷や挫傷は絶え間なく痛みを鼓動に乗せ脳に送っていた。だが優也はそれらに歯を食いしばり寝返りを打つと立ち上がろうと力を入れる。そして四つん這い状態になったタイミングで足元にユウヤが近づいて来た。手にはこんなに晴天だというのに傘を握っている。血化羅で作られた傘。
「予報ではこれから通り雨だ」
そう言うとユウヤは広げた左掌を上に向ける。掌から血の球体が浮かび上がるように出てくると宙で停滞した。野球ボールほどの球体は複数の先端が尖ったクリスタル型に分裂したかと思うと傘をすり抜け空の彼方に飛んでいく。その間に片膝立ちになった優也は立てた膝に腕と重心を乗せ立ち上がろうとしていた。そんな優也の上空からポタポタと言っていた通り雨が降ってきた。だが足の近くに降ってきたその雨は普通とは違い水ではなく血。さらに言えば雨ではなく先ほど空の彼方に消えたクリスタル型の血化羅だった。徐々に激しくなっていく雨脚。そしてさながら刃物の雨のような大雨が降り注いだ。その雨粒ひとつひとつが皮膚を裂き肉に突き刺さる。傘でその雨を凌いでいたユウヤは悠々と雨に打たれる優也を見下ろしていた。だが通り雨というだけあってその雨は短時間で上がった。狂気の雨を無抵抗で浴びた優也の服は白かったことなど忘れさせるほど赤くボロボロ。土が血を吸い血だまりは出来ていなかったものの飛び散った優也の血は周りの草に付着していた。
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