【93】眠れる獅子

優也は片膝立ちで俯き、片手は立てた膝の上にもう片手は地面につけていた。顔や手、体中の傷から流れる血は地面へ滴っている。ユウヤは正面の方に回り、その間に持っていた傘を手品のように消す。彼が優也の前に立つと、その構図はまるで王と敬意を示し跪く部下のようだった。そして優也の手から離れた刀を拾う。


「お前も可哀想だな。こんなガラクタを渡されるなんてよ」


ユウヤは刀を回し色々な角度から眺めていた。


「まぁ、どんな血化羅をもらったとしても結果は変らねーけどな」


勝ち誇った笑みを浮かべると、刀を投げてはキャッチし投げてはキャッチしてと遊びだすユウヤ。右手だけで遊んでいたかと思うと次は右手で投げ左手でキャッチ、次は左から右へ。


「お前がここに来るまで時間をかけたおかげで俺は楽に力を得ることができた。そこは感謝してるぜ。そこでだ。まぁ、俺にも心ってやつがないわけでもない。そのお礼はしてやらねーとな」


その言葉に優也はゆっくりと顔を上げた。


「じゃあ、僕にやら..」


だがユウヤは言葉を最後まで聞くことなく見上げる顔を横から蹴り飛ばした。人形のように身を回転させ何度も何度も地面に叩きつけられながら飛ばされる。もう受け身を取る力すら残っておらずされるがまま。最後はうつ伏せの状態で草の上を少し滑り止まった。


「悪い悪い。最後まで聞く前に手を出しちまったな。いや、足か」


ユウヤは軽い笑い声をひとつ出すと優也の元へ歩き出した。


「お前の体を奪っても術が解けるまでの1ヶ月の間、どーせ俺は勝手な行動はできねーからな」


ユウヤは刀をペン回しのように指で弄びながら一歩一歩歩く。


「そーだな。お前のお友達を殺る時は一発で仕留めてやるってのはどうだ?本当に一発だ。傷も一切なし。不意打ちで痛みも感じさせない」


うつ伏せ状態から起き上がろうとする優也の前まで来るとその足を止める。


「それとも....。吸血鬼のお嬢ちゃんを楽しませてやろうか?お前の代わりに俺が可愛がってやるよ」


その言葉を聞いた優也は瞬時に立ち会がるとユウヤの刀を握る手を片手で掴み刃先を彼の喉元へ強制的に向けさせる。そして刃先の前に自分の右手をもっていくとそのまま押し込み手を貫通させた。貫通した刀身には血が纏っている。その間、僅か2秒。だがユウヤは刀が喉に達する前に左手を挟んで貫通させ喉の手前で止めた。そのせいで鋭く尖った先は薄い皮膚に触れただけだけ。平然とした表情のユウヤとその顔を睨み見上げる優也の動きが止まった。


「なんだ。意外と元気じゃねーか。やられてるフリで隙でも伺ってたのか?それともスイッチでも押しちまったか?」

「僕を殺せたとしても、どのみち君はみんなにやられて終わる」

「魔女にウェアウルフ、吸血鬼。それともどきが一匹か。そこそこ楽しませてくれそーだな」


そう言うとユウヤは喉から刃先を離し左手を刀から抜き自由にした。そして自由になった左手で優也の刀を掴んでいた方の肘を手根部で突き上げ曲がるはずのない方向へ曲げた。その後、その手で拳を握り顔に一発。強烈な一撃をもらった優也は刀から手を離し1歩退く。ユウヤは彼が1歩退く際、優也の手に刺さったままの刀をスッと引き抜いた。優也が1歩退くと後ろの地面からは手首に何もついていない鬼手が生えてきた。鬼手は優也の頭を上から鷲掴みにすると持ち上げ地面から足を離す。すると鬼手の腕から更に2本の小さな鬼手が生え1本は優也の右手首を掴み後ろへ回し、もう1本は両足首に巻き付く。足は縛られ右手は後ろで拘束され左手は折られたまま。そんな優也に近づいたユウヤは引き抜いた刀を脇腹へ刺す。1回、同じ個所へもう1回。2回目は抜きとらず浅く刺したまま。


「充分遊べた。血化羅も試せた。もういいだろう。外には楽しみが待ってるらしいしな」


そう言うと浅く刺さっていた刀を更に深くまで押し込む。その時、シャツの隙間から黒い模様の一部が見えた。隙間といっても至る所が破れ切れていたためどこから見えたかは定かではない。


「なんだ?」


ユウヤはシャツを掴むと一気に引き剥がす。というよりは引き千切った。シャツの下から現れたのは心が優也を内側へ送る為に描いたもの。


「術式か。こういうのはよくわからねーが、これを描いたやつは...できるな」


まるで作品のように眺められる優也。まだ体中の傷からは血が流れ、腕は正常な方向に戻ったものの青あざは残ったまま。脇腹に深くまで刺さった刀からは血が伝って地面へ滴っている。


「そろそろ終わりにするか。外のおもしろそうなやつらを待たせるわけにもいかないからな」


ユウヤが言い終えると頭を掴んでいた鬼手はその手を離し消えた。落とされた優也は仰向けの状態で地面に転がる。


「さて、最後はどう終わらせようか...」


ユウヤは優也に背を向けトドメについて考え始めた。それはもう脅威を感じていない余裕の表れなのかもしれないが彼は最初から優也を敵として認識していたかは定かではなかった。血も足りず刀のことも分からず根本的な実力も敵わない。どうにかしたいという気持ちはあれど体が言うことをきかないという状況は優也の中に諦めの心を生んでいた。


「(もうダメだ。吸血鬼になって絶対無理だと思ってたこともなんとかなった。だから最後はどうにかなると思ってたけど...。実力が伴わない『なんとかなる』なんてただの無謀だったんだ。今まで何度失敗しても挑戦しつづけている限りいつか辿り着ける。なんて思ってたけど、まだこの世界のことを理解出来てなかったのかも。この世界での失敗は死。もう一度なんてない)」


優也はそんな自分の愚かさを鼻で笑った。そして左腕を顔に乗せようと上げた時、前腕部分に何か文字が書かれていることに気が付く。


「何だろう?」


そこに書かれていたのは、


【早く戻って来いよ ノア】


逆さに書かれたノアからのメッセージだった。


「逆さじゃん」


思わず笑みが零れる。だがその笑みはすぐに顔から消えていった。


「ごめん。戻れそうにないや。君はちょっと僕を、いや、かなり買いかぶってたんだと思うよ。吸血鬼といえど僕は強くないんだ」


呟いて謝る優也の目から自分の弱さへの悔しさのせいか1滴の涙が零れ落ちた。


「これでノアをまた最後の1人にさせちゃうのか。寂しい思いはさせないって言ったのに...。まぁ、言ったのはカンガルーだけど。――それに結局伝えられなかったなぁ。いつもはすぐに行動できるのにこれは先延ばし先延ばしにして結局...」


もう完全に諦めていた優也。そんな彼のところにユウヤが戻ってきた。


「色々考えたがシンプルに終わらすことにした」


ユウヤは脇腹に刺さる刀に手を伸ばす。そして彼が刀を抜くのを合図に優也の四肢を地面から飛び出した先端の尖った棒が貫いた。その後、それぞれの棒の先端が花咲くが如く3つに開くと最後は碇のような形へ。そしてその碇型の棒は3つの曲線部分が地面に突っかかるまで地中に下がっていった。拘束が完了したときユウヤは胸の近くに立っていた。左の心臓側に。


「じゃあな兄弟」


ただの冗談か本当にそう思っているのかそう言いながらユウヤは歯を見せ笑っていた。そして刃先を下に向けた刀を振り下ろす。優也はゆっくりと瞼を閉じた。


「ありがとう...ノア。君に出会えてよかったよ」


消えてしまいそうな声で呟く優也の心臓に刀が刺さっていく。肉と刀身の隙間から噴き出した血は青空を背景に飛び散った。刀が刺さっても心臓は体中に血を送り続けるが徐々にその間隔が長くなりついには、止まる。


「安心しろ。お前はちょっと先に死ぬだけだ」


刀から手を離したユウヤはもう動かなくなった優也を見ながら言った。

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