【88滴+】外の戦い2
そして力強く突き出された拳は一輪目を容易く突破。その間に玉藻前は両腕をゆっくりと胸の前まで上げ始めた。一輪目を突破した拳は二輪目の抵抗を少し受けながらも難なく突破し、三輪目は多少の競合いの末に突破。
三輪の白花曼珠沙華によりその勢いを殆ど失った拳は、そのまま突き進むもちょうど胸前で交差された腕に優しく触れるに留まった。同時に腕に纏っていた妖力は消失。
弥次芦の攻撃は失敗――かと思われたが、弥次芦が初めに拳を構えていた位置には妖力で創られた半透明の拳が姿を現した。そして彼の行動をなぞりながら玉藻前へと拳を走らせていく。
しかし白花曼珠沙華はすでに破られていた為、今度は拳を阻むものはない。勢いに乗った拳は優しさなど微塵も纏わぬまま交差した腕に殴り掛かると、玉藻前を殴り飛ばしてしまった。
拳と触れた瞬間、玉藻前の体はすぐ後ろにあった氷壁までほぼ瞬間移動で殴り飛ばされた。氷壁に罅が走る程の衝撃を受け倒れそうになるも壁に手をやり体を支え何とか耐える。
「【
背中に受けた衝撃の所為でその声は詰り気味で苦しそうだった。
「そうだぜ! 行動、力加減、スピードを記憶し再現するんだ。いつ発動するかはオレッチ次第だがな」
「そちの桁外れの力があっての能力やなぁ」
だがこの頃には玉藻前の体を支配していた痺れは引き、自由の利くようになった体を氷壁から離した。
「やっぱりあの数だと効果も持続もそこまでなのね」
「あんまり気ぃ抜いとるとほんまに
「初めからいってるじゃない。私はあんたが嫌いだってね」
「そやったなぁ。気ぃ引き締めるわぁ」
そう言うと玉藻前は持っていた扇子を胸元に仕舞った。
一方心と玉藻前が出て行った部屋ではノアが一人残され、椅子に座りながら暇そうにしていた。
「あぁ~。俺も行きゃーよかった」
机にだらりとしながら愚痴るような声を口に人差し指と中指を机上で散歩させるノア。だが三~四歩だけ歩かせたところで体を起こすと椅子から立ち上がり優也の元まで歩いた。
岩の祭壇で眠る上半身裸の優也。優也は人間の時も健康の為に筋トレをしていたが軽いものだったので筋肉自体はあまり。だが吸血鬼になってからというもの吸血鬼特有の細胞によりお腹はシックスパックに胸板も厚くなり何もしなくてもその逞しい体型は維持され続けた。
そしてノアは優也の手の下辺りにあるスペースに座ると上から覗き込み始めた。
「大丈夫だと思うが、ちゃんと戻って来いよ」
そう言って肩を軽く叩くと顔を上げ部屋をゆっくりと見回し始める。端から順序よく見ていると正面の棚に鍵のかかった箱が置いてあるのを見つけた。暇故に興味を引かれたノアは祭壇を下り棚へと歩き出す。
「ほぅ。図式はこうなってるんですね。なるほど。ここで供給元を指定するんですか」
すると突然聞こえてきた見知らぬ声に祭壇から二~三歩離れたところでノアは脚を止めた。
そんな彼女の後方に背を向け立っていたのは白い髪に白いスーツの男。ノアは振り返ると同時に後ろに現れた何者かに蹴りを放つ。
だが足は誰も居ない空間を通りすぎただけだった。
「お久しぶりですね。レベッカ。いや、ノア」
その声にもう一度振り返るとノアの背後に消えたその男は立っていた。
「は? 誰だよお前?」
祭壇に近づきながらそう言ったノアだが男の風貌を見てすぐにピンときた。
「お前、モーグ・グローリか」
「えぇ。私がモーグ・グローリです」
広げた両手にはマリーとホズキ。
「お前が親父を負かしたヤツか」
「彼は強かったですよ。私が戦った誰よりも」
その言葉聞きながらノアは父ファレスのことを思い出し少しの間だけ沈黙に潜った。
「そういやお前に訊きてーことがあんだ」
「なんでしょうか?」
「何でお前がアレを知ってるんだ?」
「アレってなんのことよ」
グローリの左腕に巻き付いていたホズキが割り込んで訊き返す。
「マーリンのとこで壁に書いたあの数字だ」
ノアの言葉を聞いたグローリは嬉しそうに笑みを浮かべた。
「その話はまた今度ということで。それより今は早く彼を連れて戻りたいのですよ」
手が指したのは祭壇に眠る優也。
「は? 渡すわけねーだろ」
ノアはその手が指し示す方を見ずに返した。
「では気は進みませんが力づくということで」
「いいね。ちょうど暇してたんだ」
そう言うと、ニヤリ口角を上げたノアは首を回したりその場で屈伸をしたりと軽い運動を始めた。
「ホズキ」
「まだ殺しちゃダメよグローリ」
ホズキはそう言い残しグローリの胸ポケットに潜り込んだ。その間ノアは祈るように組んだ手を掌が外を向くように開きながら腕を前方に目一杯伸ばす。
「やれるもんならやってみろよ」
「どこからでも――」
両手を広げ始めたグローリの言葉を最後まで聞きることなく彼の真上から鉄槌のように降り注ぐ鬼手の拳。グローリは気がついていないのか両腕を広げ続け右腕に巻き付いていたマリーが手へ移動を始める。手に近づくにつれ体が小さく小さくなっていくマリーは、最終的に五センチ程となっていた。そして小さくなったマリーは人差し指の付け根に移動すると一周して自分の尾へと噛みつく。そのままマリーが指輪のようになる頃、グローリの両腕は軽く広がり鬼手はすぐそこまで迫っていた。
しかしそのまま鬼手が不意を突くかと思われたが、髪先に触れようかという所でグローリの右手が割り込んだ。それにより鬼手はその動きを止めたが、右手は直接受け止めたという訳ではなく、二つの間には黒い靄が――。
するとその黒靄に触れた瞬間、蛇形の靄が数本這い出す様に伸び鬼手へと巻き付いた。そして瞬く間に黒く変色すると鬼手はそのまま消滅してしまった。
「どうぞ」
グローリは何事も無かったかのように悠々とした口調で先程の続きを口にした。
「んじゃ、遠慮なく」
それに対しノアは僅かながら笑みを浮かべ走り出す。
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