【87滴+】妖狐vs妖狐2

 そして時は少し戻り――三匹の白狐が巨大な氷壁を作り出した直後。弥次芦が受け止めていた籠手の前腕は消滅。鎧武者とツタは相討ちとなり玉藻前を追ったツタは結果的に返り討ちとなった。

 そして一時休戦と言うような静寂の中、玉藻前とは少し離れた場所に立つ弥次芦の隣へ並ぶ璃奈。


「なるほど。じぃとの勝負には邪魔が入らへんようにしたかったんやなぁ」

「そうよ。でも安心しなさい。その間は私達がじっっくりと相手してあげるわよ」

「遊んでくれるんか。そらぁ楽しみやなぁ」


 玉藻前は笑みを浮かべた口元を隠すように扇子を開いた。


「遊びねぇ。いいわよ。でも私、あんた嫌いだから殺しちゃうかも」


 そんな玉藻前に対して少し鋭さを帯びた笑みを見せながら璃奈はそう返した。


「せやけどわらわはなんでそない嫌われとるんやろうか?」


 一方で眼差しを気にも留めてない玉藻前は扇子の向こう側で首を傾げて見せる。


「何故かですって? そんなの決まってるでしょ。――あんたが絶世の美女!? はっ! 私の方が美しいに決まってるわ!」


 少し張った声から既に自信に満ちあふれた彼女は後ろ髪を手で踊らせた。その姿はまるで神話に登場する女神の像のようだった。


「それ、別にわらわが言うてる訳ちゃうしなぁ」

「そういうところも癪に障るのよ」

「璃奈、お前ッチは昔から他がどう思われようが気にしないだろ。嘘はいけないぜ」


 すると弥次芦は隣の璃奈を見ながら指を差す。


「はぁ、分かったわよ。幸様の興味を引いてるのが単純に腹立つ。でも、さっきのも別に思ってない訳じゃないから嘘じゃないのよ」

「相変わらずの嘘嫌いやなぁ」

「アレルギーみたいなもんだ」


 そう言うと弥次芦は体格に見合うような豪快さで声を出して笑った。


「確かわらわが自分の分のおやつをあげようとした時もそうやったからなぁ」

「その話もいいが幸に昔話をしにきてないって言われちまったからな」

「それとあんたの力を試せともね。でも、殺すなとは言われない」


 璃奈は片方の口角だけを上げ意地悪い笑みをする。


「そら安心やなぁ。わらわもそちらを殺す気はあらへんから安心してええで」


 つい先程まで笑みを浮かべていた璃奈だったが玉藻前の言葉を聞いた瞬間、眉を顰め分かり易く苛立ちを表情に浮かべた。


「まずはその長くなった鼻を折る必要があるようね」

「なんや? 野狐のよしみとやらで顔は狙わん言うてへんかったやろうか?」

「ほんと腹立つ」


 揚げ足を取られたことにより璃奈の怒りゲージが更に溜まる。そんな璃奈に対し弥次芦は笑い声をあげていた。


「たしかに言ってたな」

「弥次芦あんたどっちの味方よ!?」


 更に不機嫌さで表情を歪めた璃奈は睨みつけるように弥次芦を見る。


「もちろんお前ッチの味方だ」

「じゃあ手を抜くんじゃないわよ」


 すると璃奈の右横から後ろ、左横まで半円を描き何度も玉藻前を襲ったツタが生えてきた。


「それじゃやるかっ!」


 体を叩き気合を入れた弥次芦は振り上げた拳を地面に叩きつける。全力なのかまだ余力を残しているのか、ともかく腕力だけで地割れを起こしてしまった。割れ目は寄り道せず伸びていくが、あと一歩のところで扇子を閉じ上へ跳んだ玉藻前に逃げられる。

 だが、空中で無防備となった彼女を璃奈のツタは見逃さず――というよりもこれが目的だったかのか、透かさず伸びていくと四肢に巻き付き捕らえた。文字通り地に足がついていない状態の玉藻前だったが相も変わらず落ち着いている。


「はて、どないしようかぁ」


 すると特に困っている様子のない彼女を下から食虫植物のウツボカズラが包み込むように呑み込んだ。地面から伸びる極太の茎で支えられているウツボカズラ。人ひとりどころか五~六人を一気に呑み込んでもまだ余裕がありそうなその大きさは、もはや食虫植物などという可愛らしいモノではなく食人植物と表現しても問題ないもの。

 玉藻前を四肢に巻き付くツタごと捕虫袋もとい捕人袋に収めると、瞬時に蓋の部分が獲物を逃がさぬようツタを食い千切りながら閉じた。そして蓋が閉まると勝負は決したと辺りが静まり返る。


「こんなものじゃないんでしょ?」


 だが璃奈はウツボカズラを見上げながらそう言った。


「オレッチも実力は知らないがあの心さんが唯一鍛えた弟子だからな」


 すると何の前触れもなく、彼らの期待を裏切らない程の爆発でウツボカズラが吹き飛んだ。


「綺麗な花火にはならへんかったなぁ」


 爆発を見ていた璃奈は左横から聞こえてきた玉藻前の声へ視線を向けると同時に上げた足で蹴り飛ばそうとする。左足を軸に振られた右足の甲は顔の位置まで上がっており彼女の軟体さを表しているようだった。それを玉藻前はひょいと後ろに軽く跳び躱すが、璃奈の周りに残ったツタが後を追う。ツタを確認すると今度は脚に力を入れ、より長い距離を跳び退く。

 着地しては後退し着地しては後退していく玉藻前だったが、彼女を追うツタはより速度を上げていき距離を縮めていった。

 そしてついにツタが顔前まで迫ってくると、玉藻前は扇子を開き扇面を上に向けてそこに息を吹きかける。扇面を通った息は炎となり追手のツタを包み込む。体を炎で覆われたツタは瞬く間に減速し、止まると体を曲げ苦しんでいるようだった。

 その間にも炎はツタを伝い根元に向け滑る様にどんどんと進んでいく。だが最後までいくことは璃奈が許さずツタを切り捨てることで炎の進行を止めた。

 一方でツタを排除した玉藻前だが、一息つく暇もなく振り返る。そこに立っていたのは弥次芦。玉藻前が振り返ったのと同時に大振りの拳で殴りかかる。それを目にすると咄嗟に六枚の細くも強く反った白い花被片と六本の長く突き出たおしべのある花【白花曼珠沙華しろはなまんじゅしゃげ】を身を守るように咲かせた。丸い盾ほどの大きさの花は彼岸頃から開花する白い彼岸花。

 だが白花曼珠沙華を咲かせたはずだったが玉藻前はすぐさまその場を離れた。その理由はすぐに分かった。白花曼珠沙華は弥次芦の拳を止めることは出来ず花びらを辺りに散らし虚しくも消え去ってしまったのだ。


「馬鹿力やなぁ」

「そうだろ!」


 弥次芦は白花曼珠沙華を打ち破った右腕の力こぶを自慢げに見せた。それは異物が入ってるのではないかと疑わせる程の大きさ。


「それにしてもあのまん丸とした体をようそこまで鍛えたもんやなぁ」


 感心しながら弥次芦の鍛え上げられた体を見ていた玉藻前は気が付いたように足元へ視線を落とす。そこにはぱっくりと口を開けたハエトリソウが現れていた。それはウツボカズラ同様に人を食べられるほどの大きさであり食虫植物というよりは食人植物。

 だが玉藻前はハエトリソウが口を閉じるより先に範囲外へ避難し、食べられずに済んだ。


「弥次芦!」


 ついおしゃべりをしてしまった弥次芦に璃奈のお叱りの言葉が飛ぶ。


「おっと。すまない」


 璃奈は謝罪を聞くと玉藻前に向けて広げた左手を突き出す。

 すると玉藻前に四方八方から鮫の歯のように鋭い棘を茎に携えた薔薇が生えてきた。そして璃奈が手を握ると薔薇たちは巻き付くように周りを囲み襲い掛かる。玉藻前の姿はあっという間に薔薇の茎に覆われ見えなくなってしまった。

 しかしそれは数秒間の沈黙をもたらしただけですぐに茎の壁は斬り開かれた。中から出てきたのは刀を持った玉藻前。ではなく鎧武者。いつの間にか変わり身の如く入れ替わった玉藻前は璃奈の後ろにいた。それに気が付き振り向いた璃奈の後ろでは鎧武者がゆっくりと歩みを進め始める。

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