【87滴】妖狐vs妖狐

 一方で二匹の猩々狐しょうじょうぎつねは、喰鬼かぶきに向け再度焔を吐き出した。だが喰鬼は呑み込まれるより先、鞘に収まった太刀をその場に突き刺し上空へ。抉じ開けるように地面へ刺さったその太刀により焔は二分化され、心の左右を通り過ぎていった。

 そして上空へ跳んだ喰鬼は、一匹の猩々狐に狙いを定め真上から襲撃。落下しながらどこからか赤い柄の短刀を抜き、着地を待たずして投げつけた。真っすぐ直線を描きながら猩々狐の前足へと突き刺さった短刀。丁度その場を離れようと姿勢を低くしていた猩々狐だが、短刀で地面に固定されそれは中断せざるを得なかった。

 一方、喰鬼はそのまま乗馬ならぬ乗狐じょうこするように着地。すぐさま顎下に手を回し強制的に自分の方へ顔を向かせた。限界まで上を向かされた猩々狐は飢えた牙を見せながらも抵抗的に口を開く。その口の中では地獄の業火を連想させる程の焔が蠢きながら球状を成していた。

 しかしそれがどれ程の威力を持った焔なのかは披露される事無く――もう片方の手で頭を掴み、そのまま首を捻り折った。同時に口中の球体は鎮火し、猩々狐は抵抗を止めた。

 だがその時。そっと首から手を離した喰鬼へ答え合わせのように余所からあの焔の玉【焔球えんきゅう】が飛来。喰鬼は跨る猩々狐の前足から短刀を引き抜きながら一度離した手を早急に戻し、亡骸を掴むと焔球へと放り投げた。身代わりにされた亡骸が焔球とぶつかり包み込まれると、一気に燃え上がりその体は文字通り消えなくなった。

 そして焔球が消え対峙する一体と一匹。短刀を構える喰鬼と口中でもう一つの焔球を育てる猩々狐。走り出した喰鬼。前方から襲い掛かる複数の焔球。それを華麗に躱しながら接近していく。

 一方それを眺めていた心は予感を察知すると喰鬼の置いていった太刀を手元に引き寄せ鞘から抜かずに体ごと右側へ。向くや否や目に見えない斬撃を三度受け止めた。

 すると三つ目を受けたところで太刀の鞘は粉々となり、顔を見せた刀身が再び光を浴びた。

 そんな心の前には、幸と斬撃を放ったであろう鮮緑せんりょくに染まった狐【鮮緑狐せんりょぎつね】が二匹立っていた。


「今ので死ぬほど老いてはなかったようだな」

「いや老いたものじゃ。あの頃なら殺りきれたんじゃがの」


 その真意を教えるかのように突如、一匹の鮮緑狐の喉元から血汐が吹き出しその場に倒れた。そして空気に溶け込むようにその体は消えていく。同時に前足へ深傷を受けていたもう一匹の鮮緑狐は片膝を着き、もう戦えないと悟ったのか自ら消えていった。

 一方その頃、髪を掻き分けるように腰辺りから伸びた喰鬼の狐尾は猩々狐の四足を捕らえていた。身動きを封じた喰鬼は透かさず手に持っていた短刀を猩々狐の首へと突き刺した。と同時に猩々狐の体は炎上しその焔は狐尾から喰鬼へ。燃え移った焔は道連れと言わんばかりに喰鬼の身が滅ぶまで燃やし尽くした。

 そして喰鬼が焼き尽くされると、心の持っていた太刀も同時に燃え消え去った。


「どうした? こんなものじゃないじゃろう?」

「隠居していたじいさんにはウォームアップが必要だろう」

「なんじゃ。優しいところも持ち合わせとるんじゃな」


 すると幸の視界に居たはずの心の姿が一瞬、見えなくなったかと思うと――次の瞬間には間合いを詰め眼前へ。ほぼ同時にしわくちゃで細いが鋭い手刀が幸の首を狙う。が、それは幸の腕に平然と防がれてしまった。


「あんたが本気になる前に死んでしまってはつまらんからな」

「本気を出そうがどっちでもよいと言っとったじゃろ」

「言ったがそれではつまらん。だがあんたが出しそうにないと分かった時点で殺す」


 警告にも聞こえる言葉を告げると幸は心を下から膝蹴りで突き上げようとする。しかしそれは一見すると折れてしまいそうにも見える右手で防がれた。そこからは第二ラウドといったところか始まったのは激しい格闘戦。心は年を感じさせないほどの動きを見せ、幸は相変わらず平然と戦っていた。

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