【84滴+】3人格2

 そんな彼がいる交差点を見下ろせるビルの一角にあるオフィスに優也はいた。中には沢山のデスクとパソコン、ワークチェアが並んでいるが交差点同様に無人。

 優也は交差点側の壁一面が窓になった方へ背を向け立っており、彼の正面のデスク上にはあの狼が立っていた。


「お前の所為でアイツの前に姿を現す羽目になっただろう」


 狼は唸るように低く静かな声で愚痴を零した。そんな狼を見ながら優也の頭の中にはある人物が浮かんでいた。


「もしかしてあなたがアレクシス・D《ドラキュラ》・ブラッドさん?」

「そうだ。だな、六条優也」


 だが優也には彼の言う久しぶりの意味が分からなかった。


「今は時間がない。手短に説明するぞ。まず、お前が遅れた所為で俺の力は殆どヤツに持ってかれた。それに加え今は残り少ない力を更に分散している状態だ。そこでお前のやるべきことは一つ。残った力を手に入れアイツを消滅させることだ。分かったか?」

「それは分かりましたけど、その力っていうのはどこにあるんですか?」

「それはだな――」


 アレクシスが答えようとしたその時、後方の天井一部が崩れ落ちた。自然とその場所へ二人の視線が集まる。

 そして見ているだけで咳き込みそうな灰色の煙の中からユウヤが姿を現した。


「鬼ごっこか? それにしちゃ、追ってるのは鬼だがな」

「チッ! やっぱりこうなるか」


 舌打ちをしたアレクシスはそう呟くと顔だけで振り返った。


「お前は行け! 少しぐらいは時間は稼いでやる」

「行けってどこに!?」

「本体は俺とお前が初めて会った場所に隠してある。そこに行け!」

「え? どこ?」

「そんくらい思い出せっ」


 アレクシスはデスクから跳ぶと優也を壁蹴りジャンプをするように蹴り飛ばしまたデスクへと戻った。その勢いで優也の体は窓を割って放り出され外へ。

 窓の破片は曲線を描きながら地上へと落ちていく一方で、優也は背の低い隣ビルの屋上まで飛ばされていった。勢いそのまま反対側まで転がりあわや落ちそうになるが何とかパラペットに掴まり難を逃れる。そして両腕に精一杯力を入れて自分の体を持ち上げ屋上へと登った。


 * * * * *


「あれがお前の待っていたヤツだ。ガッカリすぎで裏切られた気分だろ?」

最初はなっから期待してねーよ」

「じゃあなぜそこまでして助ける?」

「お前らの思い通りになるのが癪だからに決まってるだろ。イラつくが俺じゃ勝てる見込みはゼロだ。アイツに可能性があるなら、それがいっパーでも賭けるさ」

「結果は変らなくとも後悔しないようにやるだけやるってのは賢明だな。だが悪いがこの世界にはを撒いておいた。これでその可能性ってやつがいっパーにも満たなくなったな」


 そう言うとユウヤは嫌な笑みを浮かべた。


「そんなのにやられるぐれーなら最初はなっから可能性なんてないも同然だ」


 だが関係ないといった様子のアレクシスは列を成すデスクの上を走り出した。


 * * * * *


 一方で何とか屋上に這い上がった優也だった上には彼を待っていた先客がいた。

 それらは一言で言い表すならバケモノという言葉が似合いすぎる存在。影で出来たような黯い体とそこから溢れ出す好印象を与えない漆黒色のオーラのような何か。だがそれらはよく見れば人の型をしたモノから虫、動物の型など見慣れた型をしていた。原型は優也の記憶に描かれたのとよく似ていたが、もはや彼の知るそれではない。

 そんなバケモノらは訳の分からない鳴き声や呻き声を上げながらゆっくりと優也に歩み寄ってきていた。


「えーっと。話は通じないよね?」


 反応は無かったが一歩一歩近づいて来ていることが質問への答えになっていた。お世辞にも好意を抱けるとは言えない見た目の存在が自分に迫って来ていたら距離を取りたくなるのは自然のこと。それは優也も例外ではなくあまり近づきたくないという気持ちから足を一歩後ろに引く。

 だが彼の場合は引いた先に足を乗せられる場所は無かった。もし優也が某漫画のように霊子を足元に固められるなら、あるいは大気を踏みつけられるのなら話は別だが……。そんなことはもちろん出来るはずもなく結果ビルから落下。そして真っすぐ落ちていった先に置いてあった四角い大型ゴミ箱に背中から直撃。

 しかしそこで彼は違和感を覚えた。背中から伝わるはずの痛みがないという事に。吸血鬼とはいえこの高さから落ちれば痛みはあるはずだったがそれが全く無かった。


「あれっ? 痛いけど痛くない?」


 それを変に思いつつもゴミ箱から降り屋上を見上げた。


「さすがに追っては来ないか。にしても何あれ?」


 先程のバケモノに対する疑問が尽ぬままとりあえず屋上から視線を戻し前へ。

 すると優也の目には奇妙な光景が映し出された。それは優也の通っていた笑未扉えみひ高校だった。でもそれはただ懐旧の情を刺激する母校。それを奇妙な光景たらしめたのは高校の真上に浮かぶ丸い月だった。交差点を照らしていたのは暖かな太陽だったが、高校を照らすのは静かな月灯かり。

 優也が空を見上げるとそこには昼と夜の境目がハッキリくっきりと線引きされていた。まるで別々の空間を縫い合わせたかのように。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る