【84】3人格

機械のように動く人々の中で優也だけが取り残されたようにぽつりと立ち尽くしていた。どうしていいのかも何をすべきなのかも分からずただただ立ち尽す。すると突然、人混みも信号待ちの車も全てが消え去った。最初から無かったように見ていたものは幻覚だったかのように全てが一瞬にして消えた。残ったのはビルとそれらに囲まれた交差点に立つ優也だけ。そんな優也の前に両手をポケットに入れた男がふっと姿を現す。その不敵な笑みを浮かべた男の見た目は優也と瓜二つだった。違いと言えば後ろに流された髪と青い目だけ。


「こうやって話すのは初めてか?まぁそんなことどうでもいいか」


だが優也は黙ったまま話しかけてきたユウヤを見ていた。


「随分と来るのが遅かったな。まぁ、そのおかげで俺は何事もなくこうして完成したんだがな」


ユウヤは相変わらず不敵な笑みを浮かべながら両腕を広げて見せた。だが優也からの反応はなくずっと見ているだけ。もっと反発的で怒りに満ちた反応でも期待していたのだろうか。その反応にユウヤは上げていた両手も口角も下げつまらなそうにした。


「まぁいい。お前はあのクソ野郎を探し出して残りの力を手に入れた後にじっくり相手してやるからよ。だからここで待ってろ。大人しくしてたらこの懐かしの故郷で最期を迎えさせてやる」

「1つ質問してもいいかな?」


すると優也はぽつりと静かな声でそう尋ねた。


「なんだ?お前とは時期に会えなくなるからな。答えてやるよ」

「ノアを傷つけたのって君?」


冷静を装ってはいたが抑えきれなかった分の怒りが最後の方で漏れる。その怒りにユウヤは再び笑みを浮かべた。


「それはお前に手を貸してやって腹ん中にてーを突っ込んだ時の事か?それとも、お前が自分の愚かさに嘆いている間に体を借りて」


挑発的に訊き返すユウヤは手で真似た銃を優也に向かって撃った。


「撃っちまった時の事か?」


本当はそんな挑発になど乗りたくなかったが自分の不甲斐なさやノアを傷つけたことに対しての怒りが限界に達し優也は拳を握り殴りかかる。だがユウヤを目前に拳部分だけに現れたバリアのような赤い壁に防がれた。壁の向こう側ではユウヤがニヤニヤとした笑みを浮かべている。するとユウヤに突如ノイズが走り顔が、姿がノアへと変化した。


「お前がこの体に通う生暖かい血にその手を浸し、お前がこの体に向けられた銃の引き金を引いた。お前のその手でやったんだろ」


言葉に合わせお腹と胸・口からは血が流れ始める。実際ノアが流したように。その血は顎に流れ服に染みやがて雫として一定のテンポで地面へと落ち始めた。そして優也の拳を邪魔していた壁が消える。


「だが手を貸してやったのは事実だ。ほら、1発殴ってもいいぜ。この顔を殴れるならだがな」


無理だと分かっているからかノアの姿をしたユウヤは声を出して笑った。気持ちは地獄の釜のように煮えたぎっていたがそれでも、偽物だと分かっていても殴ることは出来ず無理やり抑え込み拳を下ろす。それを見たユウヤは歩き出し優也の横を通り過ぎる時に肩に手を乗せた。


「お前のこれからの人生は俺が頂く。黙って喰われろ」


そう言い残し再び歩き出す。歩き去るユウヤにノイズが走ると姿はノアから髪が後ろに流された姿に戻った。


「...ない」


そんなユウヤは後ろから微かに聞こえた声に足を止め振り返った。


「なんだって?」

「君にはあげられない。これは僕のための人生だ。進む道は何者でもない自分で決める。これまでも、これからも」

「はっ!大層なこった。だがなひとつ勘違いしてるぜ。別にお前の許可はいらない。俺が奪い取る。それだけだ」

「じゃあ今やったら?力を手に入れてからなんて言ってたけど本当は勝てるか不安なだけじゃない?」


先程のお返しという意も込めて優也は彼を煽った。


「煽ってるつもりか?」

「そんなつもりはないよ。力を手に入れてからなんて言うから本当はただの腰抜けなんじゃないかって思っただけだよ」


ユウヤの反応が予想より良かったのか少し笑って見せ更に煽る。


「ならお望み通りにしてやるよ」


イラつきが伺える声でそう言うとユウヤの真上に小さな赤い球体が現れた。それはどんどん大きくなっていき太陽のようなフレアを纏いだしたが太陽のそれとは違い禍々しく黒い。すぐに人ひとりを包み込めるほどの大きさにまで成長すると形を変え細長い矢となった。


「何も言わなきゃもう少し長生きできたのにな」


矢は弓弦に引かれるように後ろへ下がると一気に優也目掛け加速する。あまりの速さに優也には消えたように見えていた。そんな優也との距離はそこまでなく矢が到達するまでかかったのはコンマ数秒。だが矢の発射とほぼ同時に飛び込んできた黒い影が矢とぶつかると小さな火花と共に矢は消し飛んだ。優也の体感的には矢が消えた直後に目の前で火花が咲き散った。という感じだった。飛び込んで来た黒い影は優也の前に着地する。それは真っ黒な毛に覆われ深紅色の瞳を持った狼。


「はっ!こりゃいい!そっちから出て来てくれたんなら探す手間が省けるってもんだ」


すると狼の姿を見るや否や嬉しそうに笑みを浮かべるユウヤ。そんな彼が1歩足を踏み出した瞬間、頭上から刀剣の雨が降り注ぐ。刀剣1本1本はユウヤにダメージを与えることは出来なかったが地面に突き刺さりる度に煙幕のように舞い上がった埃やら塵やらは彼の視界を遮り、優也と狼の姿を隠した。そして視界が晴れるとユウヤの前から2人の姿は消えていた。


「力が残り少ない上に制限もされていながらまだ抵抗できるのか」


ユウヤ感心したようにそう言うと辺りを見回す。そんな彼がいる交差点を見下ろせるビルの一角にあるオフィスに優也らはいた。中には沢山のデスクとPC、ワークチェアが並んでいるが交差点同様に無人。交差点側の壁一面が窓になっている近くに背を向けて立つ優也。そして彼の正面のデスク上には狼が立っていた。


「お前のせいでアイツの前に姿を現す羽目になっただろう」


狼は低く静かな声で愚痴をこぼした。そんな狼を見ながら優也の頭の中にはある人物が浮かんでいた。


「もしかしてあなたがアレクシス・D《ドラキュラ》・ブラッドさん?」

「そうだ。だな、六条優也」


だが優也には彼の言う久しぶりの意味が分からなかった。


「今は時間がないからな。手短に説明するぞ。まず、お前が遅かったせいで俺の力はほとんどヤツに持っていかれた。それに加え今は残り少ない力をさらに分散している状態だ。そこでお前のやるべきことは残った力を手に入れアイツを消滅させることだ。分かったか?」

「それは分かりましたけど、その力っていうのはどこにあるんですか?」

「それはだな」


アレクシスが答えようとした時、突然後ろの天井一部が崩れ落ちた。自然とその場所に視線が集まる。そして見ているだけで咳き込みそうな灰色の煙の中から姿を現したユウヤだった。


「鬼ごっこか?それにしちゃ、鬼を追ってるがな」

「チッ!やっぱりこうなるか」


舌打ちをしたアレクシスはそう呟くと顔だけで振り返った。


「お前は行け!少しぐらいは時間は稼いでやる」

「行けってどこに!?」

「本体は俺とお前が初めて会った場所に隠してある。そこに行け!」

「え?どこ?」

「そんくらい思い出せっ」


アレクシスはデスクから跳ぶと優也を壁蹴りジャンプをするように蹴り飛ばしまたデスクに戻った。その勢いで優也の体は窓を砕き割り外へと放り出される。窓の破片は曲線を描きながら地上へと落ちていったが優也は背の低い隣ビルの屋上まで飛ばされていった。勢いそのまま反対側まで転がりあわや落ちそうになるが何とかパラペットに掴まり難を逃れる。そして両腕に精一杯力を入れて自分の体を持ち上げ屋上に登った。


###


「あれがお前の待っていたヤツだ。ガッカリすぎで裏切られた気分だろ?」

最初はなっから期待してねーよ」

「じゃあなぜそこまでして助ける?」

「お前らの思い通りになるのが癪だからに決まってるだろ。イラつくが俺じゃ勝てる可能性は0だからな。アイツに可能性があるなら、それが1%でも賭けるさ」

「結果は変らなくとも後悔しないようにやるだけやるってのは賢明だな。だが悪いがこの世界にはを撒いておいた。これでその可能性ってやつが1%にも満たなくなったな」


ユウヤは嫌な笑みを浮かべた。


「そんなのにやられるぐれーなら最初はなっから可能性なんてないも同然だ」


だがどうってことないといった様子のアレクシスはくっついて並ぶデスクの上を走り出した。


###


何とか屋上に這い上がった優也だった上には彼を待っていたお客がいた。それらは一言で言い表すならバケモノという言葉が似合いすぎる存在。影で出来たような黒い体とそこから溢れ出す良い印象を与えない漆黒色のオーラのような何か。だがそれらはよく見れば人の型をしたモノから虫、動物の型など見慣れた型をしていた。原型は優也の記憶に描かれたのとよく似ていたがもはや彼の知るそれではない。そんなバケモノらは訳の分からない鳴き声やうめき声をあげながらゆっくりと優也に歩み寄ってきた。


「えーっと。話は通じないよね?」


反応は無かったが1歩1歩近づいて来ていることが質問への答えになる。お世辞にも好意を抱けるとは言えない見た目の存在が自分に迫って来ていたら距離をとりたくなるのは自然なことだった。優也も例外ではなくあまり近づきたくないという気持ちから足を1歩後ろに引く。だが彼の場合は引いた先に足を乗せられる場所は無かった。もし優也が某漫画のように霊子を足元に固められるならあるいは大気を踏みつけられるのなら話は別だがそんなことはもちろん出来るはずもなく結果ビルから落下。そして真っすぐ落ちていった先に置いてあった四角い大型ごみ箱に背中から直撃するがそこで違和感を覚えた。背中から伝わるはずの痛みがない。吸血鬼とはいえこの高さから落ちれば痛みはあるはずだったが全くそれが無かった。


「あれっ?痛いけど痛くない?」


このことを変に思いつつもゴミ箱から降り屋上を見上げた。


「さすがに追っては来ないか。にしてもなんだあれ?」


先程のバケモノに対する疑問が尽ぬままとりあえず屋上から視線を戻し前を向いた。すると優也の目には奇妙な光景が映し出される。それは優也の通っていた笑未扉えみひ高校だった。そんなただの懐かしき母校を奇妙な光景たらしめたのは高校の真上に浮かぶ丸い月。交差点を照らしていたのは暖かな太陽だったが高校を照らすのは静かな月。優也が空を見上げるとそこには昼と夜の境目がハッキリとくっきりと線引きされていた。まるで別々の空間をくっつけたかのように。

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