【83】玉座を拒んだ男
渦に呑み込まれた玉藻前,ノア,優也の3人は気が付くと小さな町中に立っていた。噴水が歓迎するように水を空高くまで噴き上げている噴水を背に辺りを見回す優也の目に映ったのは、買い物袋を持った親子や仕事中の人、ランニングをしている人など様々な町人。だが、誰一人として突然現れたはずの3人を気にするどころか見向きもしなかった。
「ここに心さんがいるんですか?」
「この場所にはおらへん。ここはイントス。言わば玄関やな。本来やったら鍵ぃ見つけへんといけんのやけど今回はあまり時間をかけてられへんからなぁ。裏技使うわ。こっちやで」
そう言って早速歩き出した玉藻前が向かったのは雑貨屋だった。店内に入ると買われるのを待つアンティーク雑貨たちが並んでいる。そんな店内を歩いて回る玉藻前は何かを探している様子だった。彼女が何を探しているのかは分からないがその間、同じく歩いて回り色々な物を見ていた優也は奇妙な物を見つけた。それは砂の入っていない砂時計。他にも大小様々な砂時計はあるがどれもちゃんと砂が入っており優也の見つけたそれだけが空っぽ。
「これや、これや」
すると玉藻前は優也の眺めていた砂の無い砂時計を見てそう言った。優也は砂時計を譲り、玉藻前はそれを受け取るとレジに向かう。
「いらっしゃい」
接客する老紳士の店主は笑顔で人柄の良さそうな人で玉藻前がカウンターに砂時計を置くと黙って手に取り砂のない砂時計を眺めた。
「これがほしいのかい?」
「そうや」
「他の砂時計にしたらどうだい?これはどうやら不良品のようだ」
「これでええ」
店主は少しの間玉藻前を見つめるとカウンター下から1枚のコインを取り出し滑らせながら差し出す。
「おおきに」
お礼を言ってコインを受け取った玉藻前は優也とノアに声をかけ店を後にした。そして次に向かった場所は固く閉ざされた大門。見上げるほどの大きな門はその大きさに見合う程の鎖と南京錠で固く閉ざされていた。
「随分と厳重じゃねーか」
傍には門を挟んで立つ2人の槍兵がいた。玉藻前は2人の兵士それぞれに1度目をやると左側の兵士の元に近づく。兵士は玉藻前が見えていないのかと思わせるほど微動だにせず真っすぐ前を見て立っていた。すると玉藻前はそんなことは気にせず先ほどの雑貨屋でもらったコインを取り出すと突然その兵士の口に押し込み始める。それでも微動だにしない兵士は口に押し込まれたコインを飲み込むと門の方に向きを変え歩き出した。大きな南京錠の真下で立ち止まると上を見上げ両手で槍を構える。そして構えた槍を鍵穴に差し込んだ。するとカチッという鍵の外れる音がした後、ツルが切り込みから外れ門が拘束から解放される。
「おぉ~(おぉ~)」
巨大な南京錠が外れる光景は迫力があり思わず感心した声をもらす2人。
「いくで」
そんな2人を既に門前に立っていた玉藻前が呼んだ。2人が来ると玉藻前は門の中心辺りに手を伸ばし襖を開けるように横に力を加える。すると門の一部(普通のドアぐらいの大きさ)が横にスライドしていく。向こう側は高い雪山とそこに続きそうな長い道が伸びていた。
「は?このでけーのが開くんじゃねーのか?」
「巨人が通る訳ちゃうしこのくらいで十分やろ」
「なんだよ。ガッカリだ」
期待を裏切られたノアは不満を零しながらも開いたドアを通る。だが実際にドアを通ってみるとそこは、先ほどまで広がっていたこれから壮大な冒険が待ち受けているのではないかと思わせる一本道の景色ではなく、畳敷きの和室だった。掛け軸や花が置かれた床の間や円窓からほどよく差し込む日の光。そんな和室の中心にはこちらに背を向け瞑想する小柄な老人の姿があった。
「よう来たの」
ゆっくりと立ち上がった老人は3人の方を向く。一文字入りの白いTシャツに半ズボンという少年のような恰好をしていたが、頭にはもう髪の毛は生息しておらず代わりに口と顎には立派な白い髭が生えていた。
「会いたかったぞ。わしの可愛い可愛いもえや」
こちらを向いた老人はそう言うと細い両腕を広げた。玉藻前もそれに応え両の腕で老人を包み込む。
「たまにしか来られへんですまんなぁ」
「おまえさんが元気でいればそれでええんじゃよ」
囁くように久々の言葉を交わした2人はそっと離れた。
「さて、積もる話もあると思うんじゃが、急ぎの用なんじゃろ?早速話を聞くとするかの」
「そやなぁ。やけどその前に」
玉藻前は優也とノアの方を向いた。
「この人が心や」
2人に心を紹介すると、次は心に優也とノアを紹介する。互いに挨拶を済ませるとその本題へと移った。
「早速やけど、陰陽師と魔女の心臓は知ってはるやろうか?」
「小耳に挟んだことはある気がするの。随分と昔の話じゃが。確か、一族の裏切者同士が互いの利益のために手を組み作られた術だったかの」
「その心臓に関わることで来たんや」
「なんじゃ?もしかしてその心臓を使うのか?あまりお勧めはせんぞ。吸血鬼の血は強力じゃからな」
「残念やけど、心臓は使用済みや」
その言葉を聞くと心は優也とノアを順番に見た。
「ほぅ。どっちなんじゃ?どっちかが使ったんじゃろ?」
「さすが理解が早いなぁ。ちなみに使ったんはこっちや」
玉藻前は話の途中から取り出した扇子で優也を指した。
「ほうほう。となると、どうやらここに来たのはわしに内側まで送ってほしいからのようじゃな」
伸びた顎髭を摩りながら何度か頷く心。
「お願いできるやろうか?」
「もちろんじゃ。おまえさんの頼みならなんでも聞きてやる」
「ほんまあの頃から世話になってばかりやなぁ」
「そんなこと気にせんでいいんじゃよ。さて、まずは部屋を変えるとしようかの」
心は立ち上がると優也たちの後ろにあるこの部屋唯一の出入り口である襖まで歩き出した。そして襖を開けるとそこはソファなどが置いてあるリビング。
「おっと、ここではないな」
そう言うと一度襖を閉めもう一度開ける。すると次は奥に岩の祭壇があり、至る所に古そうな本の山がある薄暗い部屋に変わっていた。いくつかのロウソクの火だけで明るさを保っていたその部屋はどこか怪しげな雰囲気を醸し出している。そんな部屋の中に足を踏み入れると歩を進める度に靴の音が洞窟のように微かに響いた。
「たしか優也さんと言ったかの?」
「はい」
「ちぃとばかしそこの祭壇で座って待っててくれんか。今準備するからの」
中央にある腰辺りの高さの祭壇まで行くと冷たい岩肌にお尻をつけた。
「人格の欠片なんてどうやって探したらいいんでしょうか?」
「わらわも体験したことあらへんからなぁ。何とも言えへんわ」
「中でも傷とかすぐに治るのか?」
「治るんとちゃう?体の状態はここと変わらへんやろうしなぁ」
少しして話をしている3人の元に青い液体と先の丸い棒状の物が入った器を持った心が戻ってきた。
「とりあえず上の服を脱いで横になってくれるか」
言われるがまま上半身の服を脱ぎ仰向けになる。地肌には岩のひんやりとした冷たさが伝わった。
「くすぐったいかもしれんが我慢するんじゃぞ」
心は棒状の物を持ち先に着いた余分な液体を落とすと優也の胸に何かを描き始めた。皮膚のキャンバスに描かれたのは魔法陣のような円状の紋様。それと右腕にタトゥーのような模様を描いた。
「それじゃ始めるとするかの」
道具を隅に置きそう言うと心は胸の円状の中心に手をかざした。
「意外とあっさりと始まるんですね」
「心の準備をする時間がほしいのか?」
「いえ。大丈夫です」
「よゆーだって」
そう言いながらノアは優也の太ももを軽く叩く。
「もし無理だったらその時は、よろしく」
「その時は3対1。容赦しねーからな」
ノアは自分、玉藻前、心を順に指差した。
「万に1つも負ける要素はなさそうだね」
「お前なら大丈夫だって」
「目を閉じてリラックスするんじゃ」
優也はゆっくりと息を吐いて力を抜き、心は何かを呟く。すると心の手と胸の間に小さな光の玉が現れた。光の玉が野球ボールより少し小さいぐらいの大きさになると手で胸に押し込んでいく。そして完全に光の玉が優也の中に入ると手を離した。光が中に入れられた優也は眠ったように目を閉じ一定のリズムで呼吸をしている。
「これであとは彼次第じゃな」
「なぁ、これって中でも残ってるのか?」
ノアは優也の腕に描かれた模様を指差す。
「残っとるよ」
「じゃあそれ貸してくれよ」
言葉と共に青い液体と棒状の物が入った器を指差す。
「ほれ」
器を受け取ったノアは心とは反対側に行き優也の左腕に何か文字を書いた。
「これでよしっと」
書いた文字を見ながら満足そうに呟く。
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自分の中に入り込んだ優也は目を開くと街中に立っていた。そこは見慣れた街。そこは彼の生まれ育った街。そこはサラリーマン、OL、学生など様々な人が忙しなく行き交う大きな交差点のど真ん中。そして上には脱いだはずだがYシャツを着ていた。
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