【82】神様は二度笑う
「これはこれは今や5家のひとつを率いていらっしゃる玉藻前さんではありませんか。お会いできて光栄です」
ハット帽を取り深々と頭を下げるアディン。そして玉藻前の存在に気が付いた両サイドも休戦し視線を彼女に向けた。
「人間がこの森に足ぃ踏み入れるんはいつぶりやろうか」
「もったいないですね。こんなに美しい森そうそうありませんよ」
アディンは両手を広げ辺りを見渡す。その間にオトスとオックスはアディンの元へ、百鬼とアゲハは玉藻前の元へ集まった。
「こいつがあの金毛九尾か」
「美人なおねーさんとは聞いてたけど噂以上だね」
汗1滴流さず息ひとつ荒れてないオトスとオックス。
「それで?何しにきはったん?」
「実はこの島に用があった訳でもあなたがたに用があった訳でもないんですよ。残念ですが」
「なら観光にでもきはったんか?」
「それもいいですが、今回は六条優也さんに用がありましてね」
その名前に玉藻前の目つきは少し鋭さを帯びた。
「ほう。まずは用件を聞かせてもらうわ。内容によっては帰さへんかもしれへんけどなぁ」
「あなたの美貌と共に定評のあるその実力を体験するのも悪くないですね」
すると彼らと彼女らの間に異様な空気が流れる。そんな中、アディンはゆっくりとポケットに手を入れた。それを見た百鬼とアゲハはいつでも玉藻前を守れるように身構える。だがポケットから出てきたのはスマホだった。スマホの下方を掴みアピールするように少し振る。
「ですが今回はただ忘れ物をお届けに来ただけですので」
「ほな、本人呼んだるわ」
そう言う頃には玉藻前の目つきからも鋭さは消えていた。
「お届けしてくれるならそのような手間をかけてくれなくとも大丈夫ですよ」
「直接お礼言いたいやろうしなぁ。優也はんはそゆう子やし」
「それではお願いいたしましょうかね」
そしてすぐに屋敷で待つ優也の元に現れた玉藻前の幻影がこのことを伝える。それから少しして森の中にある広場に優也がやってきた。
「機内に置き忘れていましたよ」
アディンは優也にスマホを手渡した。
「だからいくら探しても無かったんですね。ありがとうございます」
優也はお礼の言葉を言い頭を下げた。
「いえいえ。おかげさまでこの美しい島に初上陸することができましたし、あの玉藻前さんにもお会い出来ましたからね」
「にして何か糸口が見つかったみたいだね吸血鬼のおにーさん」
アディンの横にいたオックスが笑顔を見せながら見透かすように言った。
「はい。次に行くべき場所は決まりました」
「それでしたらまた、お送りいたしましょうか?」
「でも...」
再び世話になることに対して少し後ろめたい気持ちが優也に無かったわけでもなくそんな感情が少し言葉を詰まらせる。
「ええやん。好意には甘えようや」
迷っている優也の後ろから近づいて来ていた玉藻前が答えた。
「それでは、私達は先にボートに戻っていますので」
「場所は分かるだろ?」
「分かるでぇ」
「さすが島を囲ってセンサーを張ってるだけのことはあるね」
そしてアレス、オトス、オックスの3人はボートへ戻って行った。
「奇妙やな。何者なん?」
その後ろ姿を見送った玉藻前は呟くように言った。
「それが僕にもよく分からないんですよね。会う度にその疑問が浮かんでくるんですよ」
だがそれは優也も同じこと。故に玉藻前の疑問には顔を横に振った。
「完全に弄ばれたって感じだったわ。嫌なやつ」
玉藻前の一歩後ろまで歩きてきたアゲハは狐面を頭の横にずらす。
「俺様の相手をしてたやつもだ。全く本気じゃなかった」
同じく玉藻前の一歩後ろまで歩いてきた百鬼は腕組みをし、不甲斐ないと言いた気だった。そして玉藻前は少し彼らの消えた森を見つめると踵を返し歩き出す。
「一旦屋敷に戻るでぇ」
「戻ったらすぐに準備します」
アゲハが目の前を通り過ぎる玉藻前の後を追いながら言った。その言葉に玉藻前は立ち止まりアゲハの方を振り返る。
「そちたちは屋敷に残りぃ」
「あんな得体の知れないヤツらの所に玉様ひとりで行かせるなんてできません」
「そうです。もし何かあったら」
玉藻前の言葉に対して百鬼とアゲハは揃って首を振ったが玉藻前の答えは変らなかった。
「こっちには吸血鬼が2人もおるから大丈夫や。それより
そう言った玉藻前は2人の返事を聞く前に屋敷へ歩き出し、彼女の性格を理解していた2人はこれ以上食い下がらなかった。屋敷に戻ると優也はすぐに部屋へ行きノアを呼ぶ。そして屋敷から出る前に優也はアゲハから
「玉様に何かあったら覚悟しなさいよ!」
と釘を刺されたがそれに対しノアは
「大丈夫だとは思うが玉様のことよろしく頼むぞ」
と百鬼にお願い口調で言われていた。だが優也はアゲハからの不器用な頼みを2つ返事で快く承諾する。そして2人は玉藻前より少し遅れて屋敷の外に出た。だが最後に出たはずの優也の視界に玉藻前の姿はない。首を左右に振り周囲を探すがどこにも彼女の姿は無かった。すると頭から白兎を思わせる感覚が伝わってきた。
「ほな行こうかぁ」
姿の見えない玉藻前の声は上から聞こえていた。
「玉藻前さん?」
「そやでぇ」
返事と共に頭をぽんぽんと叩かれる。
「へー、姿変えられるのか。便利だな」
「どんな姿になってるの?」
自分では見えない優也はノアに訊いた。
「小さな狐だな」
優也の頭に乗った玉藻前は子狐に姿を変えていたのだ。そしてノアと優也は玉藻前(子狐)の道案内でボートの停まっている位置まで歩いて向かう。待機していたボートでは既に出発の準備を済ませた3人が暇を持て余し雑談をしていた。
「来ましたか。小さいですがどうぞ」
優也たちに気が付いたアディンがボートへ招き入れる。彼らが乗船するとオトスが運転席に立った。
「えー、吸血鬼のおねーさんとおにーさん、そして今は小さな妖狐のおねーさん。この度は
「このようなボートに使用する名前ではないと思いますけどね」
そんなオックス船長の挨拶によってボートは出発した。
「罰が当たっても知らんぞ」
「友達だから大丈夫だもんねー。それにどちらかというと当てる方だから。当てたことないけど」
そしてボートは水しぶきをあげながら順調に進行していた。
「次はどこへ行かれるのですか?」
「これから行きたいんはオホーツク海や」
「これはまた反対側ですね」
そして6人を背負ったボートが海上を走り続けたのちに辿り着いたのは軍事基地だった。ボートから降りると彼らを待つ1台のジープに乗り換える。アディンの運転で走りだしたジープは滑走路に入る。そこにはいつでも飛べそうな(優也とノアを神家島へ送り届けたのと同じ)機体の小型ジェット機が待機していた。その小型ジェット機から差し伸べられた機内への階段前にジープが止まると優也らは順番に降り始める。それを階段近くに立つ軍人の男性がサングラス越しから見ていたがそれを気にすることはなく一番最初に降りたオックスに続き階段を上り搭乗していった。そして最後に降りたアディンはジープの鍵を階段の近くにいた軍人の男性に渡し機内へ乗り込んだ。全員が乗り込んだのを確認するとはコックピットのドアを数回ノックする。それを合図に入り口は閉じられ機体がゆっくりと動き出すと各々席に座り大空に飛び立つのを待った。そして大空に機体が飛び立ってから2~3時間後、空港と呼ぶにはあまりにも小さく人気が無い場所に到着。ここあるのは滑走路といくつかの格納庫、小さな管制施設だけだった。徐々に減速し停まった小型ジェット機から降りるとキャップ帽とサングラスをかけた女性が運転する車を経由しヘリポートへ。丸の中に書かれたHの文字を跨ぐように待っていたは6人乗りのヘリ。そのヘリの運転席へアディン、オトスは助手席にノア優也玉藻前(子狐)オックスは後ろへ乗り込んだ。皆がヘッドセットやシートベルトなど準備を整えるとアディンは機器に手を伸ばし出発の準備を整える。
「お前飛ばせんのか?」
「自分で言うのもなんですが中々に上手いと自負してますよ。まぁ免許は持ってませんが安心してください」
安心できそうでできなさそうな言葉を残しアディンの操縦するヘリはゆっくりと飛び立った。そしてヘリは目的のオホーツク海上空に到着する。ホバリングするヘリからは当然ながらどこを見ても海一色。
「さて、どこに向かえばよろしいですか?」
「少し待ってや」
そう言うとノアの膝上に居た玉藻前(子狐)は少しの間目を閉じる。
「北東に650m先やな」
アディンは言われた通りに機体を向かわせた。
「この辺りですかね」
だがヘリの真下はおろかどこを見渡しても依然と海水しかない。
「玉藻前さん何もないですよ?」
真ん中に座る優也はノア側の窓から辺りを見る。
「あるで。入り口がなぁ。ノアはんドア開けてや」
その言葉にノアはドアを開けた。
「さて、後は鍵が変わっとらんこと祈るだけやな」
「俺らはどうすりゃいんだよ?」
「わらわの感覚を信じて飛び降りるだけでええで」
「もしその...違ってたらどうなるんですか?」
優也は当然と言うべきか不安な気持ちで質問をした。だがそれに対し返ってきたのはこれまた当然と言うべき答え。
「海に落ちるだけや」
「ではもう少し高度を落としましょうか?」
「それより少し上げくれへん?大丈夫やと思うんやけど念の為や」
その要求に従いヘリは少し高度を上げる。
「準備ええか?わらわが飛び降りた直後に降りるんやで?なるべく間隔を開けへんようにな」
そう言われると優也は降りる前にお礼を済ませた。
「最近よく飛び降りてる気がする」
一度スカイダイビングを体験したからか、優也はさほど嫌ではなかった。
「いくで」
玉藻前(子狐)が飛び降りるとその後にノア優也と続く。飛び降りてすぐに玉藻前は元の姿に戻ると手を海に向かって伸ばす。手には紅桔梗色の渦巻く玉が現れ、握り拳程度の大きさまで膨らむと真っすぐ海に向かって飛んでいった。海は玉を飲み込むが特に何も起きず波に揺れているだけ。その間も落ち続ける玉藻前の顔には海面が徐々に接近していた。失敗の文字が皆の脳内に浮かび始めた頃、海が大きく口を開けるように渦巻きが現れる。3人は間一髪のところで海に飛び込むことなくその渦に呑み込まれていった。最後尾の優也が呑み込まれると渦は小さくなっていき最後は搾り取るように1滴の雫となり宙に放り出された。雫はすぐに海に戻り小さな波紋を描いた。その様子を上空のヘリから眺めていたアレス,オトス,オックスの3人。
「こんなところにあったんですか。心さんの隠居場所は」
「さすがレジェンド!閉じてるうえにこれだけ隠せるなんてすごいね」
「しかもダミーもいくつか用意してやがるな」
「彼にしかできない芸当ですね。老いても尚この実力。素晴らしいとしか言いようがありません」
アディンの言葉には敬意と感心が含まれていた。
「僕だったら彼を選んでるね」
「間違いなく候補には入りますね」
「ここは俺らのじゃねーんだからどうでもいいだろ。それより早く帰ろーぜ」
「それもそうですね」
するとその言葉にアディンは操縦桿を握った手を傾ける。
「勝負の奢りはアレスだからね」
「やっぱりあれ私の負けだったんですか...」
「もちろん!僕が負けた時の保険かけといたんだ。必要無かったみたいだけど」
オックスはオトスの顔を覗き込むように付け足した。
「うるせぇ」
オトスはあの時のことを思い出したのか少し不機嫌になる。そんな彼らを乗せたヘリは飛び立った飛行場に戻って行った。
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