【81】特別製の心臓

優也とノアが玉藻家に到着して2日後、やっと玉藻前が屋敷に戻ってきた。そして2人は早速帰って来た玉藻前の部屋に来ていた。


「随分と待たせてしまったようやなぁ」

「いえ。突然お邪魔したのは僕たちなので」


言葉を聞きながら玉藻前は煙管をひと吸いして煙を吐き出す。


「せやけど丁度そちに会いに行こう思っとったからよかったわ」

「僕にですか?」

「せやで。出先でおもろい話を聞いてなぁ。そちの心臓が魔女と陰陽師の手によって生み出されたゆうんは知っとるやろか?」

「はい。たしか10名の吸血鬼の心臓を渡すことを条件に取り出したんですよね」

「なら心臓にかけれた術についてはどうやぁ?」


その答えはルグーグからも聞いていないものだった。


「心臓が死なないようにするとかですか?」

「他のやつの心臓と混ざり合うようにするとかじゃねーか?」

「そういうんもあるんやけど相手さんの吸血鬼には知らせてへん重要な術が仕込まれとるらしいで。むしろこれが提案をもちかけた本当の目的やろうなぁ」


玉藻前は続きを話す前に煙管の灰を落とした。


「まず簡単な仕組みの話なんやけど。これは単純でなぁ。最初は心臓を取り出すんやけどその時に人格の欠片を残しておくんやって。これは能力、つまり吸血鬼の力やな。欠片を留めておくんは心臓が死なないようにするのにもつながるらしいわ。そしてこの心臓を他の体に入れて融合させるんやけど、心臓はまず他の体を自分の住みやすいように変えていくって話や。ほんで体が作り変えられて心臓が定着したら次にやるんは心臓に残された人格の欠片を取り込むこと。手っ取り早い方法は殺すことやけど人格の欠片が自ら力を譲る場合もあるらしいで。それが済めば新たな力を手に入れられるゆうことや」


話し終えた玉藻前は煙管を咥えようとしたがノアの質問がそれを遮る。


「もしその人格の欠片っつーのに逆に殺されたらどうなるんだよ?」

「あくまでも欠片しかあらへから力は持ってても扱えへんらしいわ。せやから殺されるいうんはないとは思うんやけど、もし殺された場合は逆に取り込まれて体をもってかれるんやと思うで」


答えた玉藻前は再び煙管を咥えた。そして一度取り入れた煙を吐き出す。


「これが基本的な部分やな。せやけどそちの心臓はこれに追加で術がかけられてる特別製」


すると持っていた煙管で優也を指した。


「いうなれば第3の人格が埋め込まれとったらしいで」

「第3の人格ですか?」

「誰のだよ?」

「少し言葉足らずやったなぁ。人格ゆうても術で生み出された人工的な人格や」

「そいつは何すんだよ?」

「そうやなぁ。最初は卵みたいなもんで、心臓が他の体に入ったときから成長を始めるんや。成長した人格は先に人格の欠片を取り込んで力を奪い、次に体の持ち主の人格を殺して体を奪う」

「作られた人格ってことは術者の命令に従うようになってるんですかね?」

「その可能性は十分ありえるなぁ」

「ははーん。俺分かっちまったぜ」


ノアは腕を組み聞いてくれと言わんばかりに得意気な表情をしていた。


「何が分かったの?」

「今はユウの心臓になっちまったけど最初は吸血鬼のトップが使おうとしてたって言ってただろ?」

「そうだね」

「もし使ったヤツを手駒にするために作ったんならそいつを操るのが目的だった。つーことは、吸血鬼のトップを操って吸血鬼一族を支配しようとしてたってことだろ」


よほど自信があったのか言い終えると少しドヤっとした顔になるノア。


「なるほど。中身だけ変えるか。でも実際は本人も取り込んでるから変わったことにも気づかれない。それって一番理想的な支配の仕方だよね」

「ほんで今現在、その術がそちの中で確実に成長を続けとるわけや。動き出すのにどれほどの時間がかかるかは分かわへんけどこのままにしとったら」

「僕も第3の人格に呑み込まれる」

「そういうことやなぁ」

「お前の言ってた時間ってこのことじゃねーのか?」

「だとしたら時間はあまり残されてないのかも」


優也は自分の胸に手を当てながら言った。


「ならそちがやるべきことは第3の人格より先に欠片を探し出すことやなぁ」

「でもどうしたら...」


方法に見当もつかない優也はただ時間だけが無くなっているこの状況に焦りを感じていた。


「ええ人を知っとるで。北に住む無狐むこ。引退したじいさんなんやけど腕はたしかやから安心してええ」

「無狐さんですか?」

「ちゃうちゃう。無狐いうんは肩書きみたいなもんや」


玉藻前はゆっくり顔を横に振りながら答えた。


「名はしん

「その心さんの所に行ってどうすれば?」

「行ってみれば分かるわ。お人好しのじいさんやから断らんと思うんやけど問題は行き方やなぁ」

「なんだ、山の上にでも住んでんのか?」

やなぁ」

「ということは地下ですか?」


『下』という曖昧な表現に思わずハテナが浮かぶ。


「それはその時のお楽しみやな。ちょうどやることもあらへんし久しく顔出してへんからわらわも一緒に行くわ。だけど、その前に...」


すると部屋の外に人が来たのを障子に現れた2つの影が知らせた。


「玉様」

「百鬼、アゲハ。お客さんや。殺さずに追い返すんがええけど判断は任せるわ」


―――――――――――――<約1時間前 神家島>―――――――――――――


少々荒れる海を走り神家島に一隻のボートが接近していた。ボートの上では向かいから吹く風を受けがらな立つスーツ姿の3人の男。それはアディン、オトス、オックスの3人だった。


「この島に来るのは初めてですね」

「神の住む島か」

「っていうことは神様のお家ってことでしょ」

「本当に神様が住んでいるのなら神様っていうのは地に足をつけて人と変わらない生活をしているんですかね」


着いたボートから島に上陸する3人。


「ただいまぁ~。なんつって」

「そういやどこに屋敷があるか分かるのか?」

「いいえ。ですが適当に歩いていれば見つかるんじゃないですか」

「面白いの出てこないかなぁー」


そんなことを話しながら3人は森へ足を踏み入れる。そして静まり返った森を無言で歩くオトスとアディンに対しオックスは鼻歌を歌いながら歩いていた。段々テンションが上がってきたのか歌は鼻から口に移り変わる。それからいつしかオックスのワンマンライブとなった歌を聴きながら歩き続けていると森に囲まれた広場に出た。と同時にオックスのライブも終わりを迎える。そんな広場ではその半分を覆うほどの鎧武者が3人を待っていた。


「歓迎委員会か?」


オトスは嬉しそうに言った。


「はい!いいこと思いついた」


すると突然手を上げるオックスに視線が集まる。


「ひとり3分で多く倒した人が勝ちってのはどう?」

「それでは負けた人はお酒を奢るということで」

「のった」

「じゃー、一番手オックス行きまーす」


オックスは一度下げた手を再び上げながら前へ出る。その間に近くの岩に腰を下ろしたアディンはスマホでタイマーを開いた。オトスは隣で腕を組みオックスを眺める。


「準備はいいですか?」

「おっけー」

「それではスタート!」


アディンがスタートボタンを押すとタイマーが時を喰らい始めた。それと同時に勢いよく飛び込んでいったオックスは一瞬にして鎧武者の集団に呑み込まれる。だが我先にとオックスに襲い掛かる鎧武者は次々と宙を舞っていった。そして1体でも多く倒すことを考えていたオックスにとって3分はあっという間に終わりを向かえる。


「....3,2,1。交代です」

「よし」


戻ってきたオックスはオトスと交代のハイタッチを交わした。アディンはオトスが戦い始めたのを見計らってリセットしたタイマーを再びスタートさせる。


「記録はどうでした?」

「82体」

「思ったより少ないですね」

「最初の方うまく倒せなくて時間ロスしちゃったんだよね」

「これはオックスの負けもありますね」


オトスもオックス同様に鎧武者を敵として倒すということよりも記録を伸ばすことしか考えてなかった。だが制限時間が残り30秒を切ったところで突然全ての鎧武者がバラバラに崩れていく。そして1体残らず消えた鎧武者の向こう側に立っていたのは金砕棒を背負った百鬼と狐面を被ったアゲハだった。


「ここは人間が来る場所じゃないぜ。何もしないから帰るんだな」


オトスは後ろを振り返り2人の方を見た。


「俺の時間まだあっただろ?どうすんだよ」

「再開しように消えちゃいましたからね」

「じゃー、アレスは不戦敗で僕とオトスの決勝戦ってことで」


そう言うとオトスの方へ歩いて近づき横に並ぶオックス。


「どっちの相手がいい?」


尋ねた後にオックスは少し考える時間を作った。


「せーのっ」


そして掛け声で一斉に対戦したい相手に指を向ける。オトスが指したのは百鬼でオックスが指したのはアゲハ。


「やっぱりオトスはそっちだと思ったよ」

「あのちっこいのはすばしっこくてめんどくさそうだからな」

「理由まで完璧正解!」


オックスは自分で自分に拍手を送った。


「それで決勝戦のルールだけど......先に相手を動けなくした方の勝ちっていうのはどう?」

「分かりやすくていーじゃねーか」

「じゃーアディンー。合図宜しく」

「それではいきますよー」


アディンの言葉に百鬼とアゲハも身構えた。


「スタート」


開始の合図と共にオックスは右足で地面を軽く叩いた。すると彼の足元から1本の雷が走り出す。雷は蛇のように地を這ってアゲハの足元に向かう。そして一瞬で足元に到達した雷は左右に分かれ、片方は足を軸に巻きながら登っていき、もう片方は足首辺りで止まり両脚を囲う大きな輪となる。片足を登っていった雷はお腹辺りで体を囲う大きな輪となり、両手は磁石のように体に引き寄せられ固定された。そして直立するアゲハを2つの雷の輪が縛り身動きを封じた。両手両足の自由を奪われため後ろに傾く体を止めることは出来ずそのまま倒れていくアゲハ。


「はい!動けなくしたから僕の勝ち!」


するとオックスは堂々と立てた人差し指を天高く突き上げオトスの方を向き勝ちをアピールした。それを見たオトスはまだ百鬼と戦い始めてすらいなかった。


「は?おまえっ!汚ねーぞ」


オトスは焦りと不満、少しの怒りが混じった声で大きく叫ぶ。


「そんなこと言われても動けなくした方が勝ちだしぃ~、どれくらい動けなくするとか時間指定してないしぃ~」

「最初っからそうするつもりだったんだろ」

「ルール提案した時に思いつきましたぁ~」


オックスは煽るように横にしたピースサインを目元にもっていき指の隙間からオトスを見た。


「おい、アディン!これ反則だろ」

「対戦相手が作ったルールを受け入れた時点であなたの負けでしょ」


だがアディンは負けを認めぬオトスに少し呆れた様子だった。


「くっそっ!....こーなったら八つ当たりだ。悪く思うなよ」


オトスは指の骨を鳴らしながら百鬼の方を向く。百鬼は何も言わず金砕棒を構えた。一方、体を縛られ倒れたアゲハだったが内側からいくつかの槍を出し雷を破る。


「さーて、見事戦略的勝利を収めて気分いいし遊ぼうか、鎗毛長のおねーさん」


その言葉に対しアゲハは何も言わず毛槍を構えた。そして両方の戦いが幕を上げる。片や出し抜かれ負けたイライラの八つ当たりで戦い、片や思惑通りに勝った嬉しさで遊ぶように戦っていた。そしてそんな両者の戦いを岩に座りながら観戦するアディン。


「あれっ?そういえば、私の不参加でも彼らの不戦勝でもなく不戦敗ということは私が最下位で奢るってことですよね」


オックスのさりげない不戦敗宣言を勘違いして受け入てしまったことに今やっと気が付いた。


「オックスは狙ってやったのでしょうか?だとしたら本当に負けですね」


アディンは意図的なものにしろ偶然的なものにしろ自分のミスによるこの負けを1人で潔く認めた。その間も戦いは続き、いつの間にか金砕棒を手放していた百鬼と素手の殴り合いをするオトス。全ての攻撃を躱し防ぎながら逃げ回るオックスとそれを必死で追いかけるアゲハ。そしてそれを1人楽しそうに観戦していたアディンだったが、急に立ち上がると広場の中心へ歩き出す。戦闘が起こっている両側は見向きもせず立ち止まると真っすぐ先の森を見つめた。そしてそんな視線先の森から現れたのは9本の尾を携え扇子を片手に持った玉藻前だった。

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